645 久しぶりの『猟犬のあくび亭』
女将さんたちにはエッ君の食べ物の相談に乗ってもらったり、兜卵印の液状薬をご近所に紹介してもらったりとゲームスタート当初からお世話になってきた。
まあ、その分ボクの方もサラダのドレッシングを考案したりうどんの作り方を教えたりと『猟犬のあくび亭』の売り上げに貢献してきているのだけれど。
そういった気やすいながらも信頼のおける関係ということもあって、座敷童ちゃんのことは正直にお話しをしておくことになったのだった。
結果的に後回しになるミルファやネイトたちがすねそうな予感もするけれど、彼女を目立たない衣装に着替えさせるという緊急最重要ミッションが控えている今、背に腹は代えられないのです。
「ほほう。遠い異国において妖精のような存在なのか」
「確かに、妖精みたいに可愛らしい子さね」
女将さんだけでなく料理長さんからの評価もいい感じだ。
「あ、料理長さん。お昼には早すぎる時間帯ですけど、カツうどんを作ってもらえませんかね?」
「いいぞ。全員分でいいんだな?少し待っていろ」
本当に食べたかったという面はあるのだけれど、男性のいる前で女の子の服装についての相談をするのは気が引ける。
料理長さんとしても場を離れるきっかけを探っていたところがあるので、お互いに良いタイミングだったと思う。
「それで、この子にどんな格好をさせたいのさね?」
「戦いに参加させる予定はないし、公主様たちは別としてその他の貴族たちに会わせるつもりもないので、一般的な平民の格好でお願いします。品質はそれなりまではオーケーですが、柄や色合いはあまり目立たないものにしてください」
「まあ、無難な判断さね。ただ、この子の顔立ちから全く目立たないのは無理だとは思うさね」
「そこはもう諦めてます。それに、ボクだけでなくミルファやネイトも一緒に歩き回ることになりますから、ある意味今さらのことかな、と」
お忘れかもしれないが、『OAW』のボクことリュカリュカはリアルの自分と里っちゃんのいいところばかりをハイブリッドした超が付くほどの美少女なのだ。その上パーティーメンバーのミルファとネイトもそんなボクに負けず劣らずの美少女だったりするのよね。
一々描写しているときりがないので省いていたけれど、実は新しい町や村に到着するたびに、ほとんど毎回と言っていいほど男性から声を掛けられていた程だ。
美幼女な座敷童ちゃんが加わったところで、かかる手間は変わらないだろうと思われます。
「なるほどねえ。だけど、リュカリュカたちとは違う方向性で危険にさらされるかもしれないから、そこのところは注意しておかなくちゃいけないさね」
具体的には誘拐とかですね。座敷童ちゃんの体格等は普通の子どもたちと同じ程度しかないので、ボクたちや大人を相手にするよりも実力行使が成功する確率は高くなってしまうだろう。
治安の悪い街や地区に行くときには、これまで以上に用心する必要がありそうだわね。
「それじゃあ、近くの服屋に行ってくるから少し待っていておくれ」
そう言い残して店から出て行きそうになっている女将さんを慌てて呼び止め、半ば無理矢理に服代として大銀貨一枚を握らせた。
リアル換算で一万円ほどもあれば、取り急ぎ必要な分は購入できるでしょう。
それにしても間に合って良かった。仮に渡しそびれていれば、何だかんだと理由をつけて受け取ってはくれなかっただろうからね。
まったく油断も隙もあったものじゃないです。
「ほらよ。カツうどん五人前、お待ちどうさまだ」
そうこうしている間に注文していたカツうどんが出てくる。注文してから茹でている割には早い気がするが、ゲームの補正が働いているのだろうね。
まさか西洋風の世界で和風な料理が出てくるとは思ってもみなかったのか、座敷童ちゃんが目を白黒させている。
あとエッ君、早く食べたい気持ちは分からないではないけれど、テーブルの上でソワソワと落ち着きがない動きをするのは止めなさい。
あまり待たせてしびれを切らしてしまっては元も子もないので、適度に待たせたところで「いただきます」をする。
ちゅるりと一本うどんをすすり、器後と持ち上げてお出汁を口に含む。ああ、濃過ぎることなく優しい味わいだねえ。カツと一緒に卵とじにした玉ねぎの甘みがほんのりと溶け出してきていて口の中が心地いい。
そのままボクたちは夢中でカツうどんを食べ進めていったのだった。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた時にはボクだけでなくうちの子たちや座敷童ちゃんまで満足気な笑顔になっていた。
「ああ。お粗末さまだ」
「いやあ。料理長さん、また腕を上げましたね。これはもう本格的にボクが教えられるようなことはありませんよ」
カツうどんはもともとボクが考案した――『OAW』の中での話です――こともあって、「気になったところがあれば何でも指摘してくれ」と言われていたのだが、美味しいという感想しか出てこない時点で、ボクから言えることは何もないと思うの。
「そうか。それならこれからはより美味いと言ってもらえるように俺なりに精進していくしかないな」
そう考えられる辺り、料理長さんは生粋の料理人なのだろうね。
それでもこの人、元クンビーラ騎士団の団長という経歴の持ち主なのだから、世の中って本当に分からないものだ。
「ただいま。おや、ちょうどいい時に帰ってきたようさね。お嬢ちゃん、着替えさせてあげるからこっちに来ておくれさね」
狙っていたかのようなジャストタイミングで戻ってきた女将さんに連れられて、座敷童ちゃんが奥の部屋へ消えていった。
そして数分後、どこからどう見ても町娘、な服を着て再登場したのだった。
「えーと……、平民の格好をした良いところのお嬢さん、に見えてしまうのはボクだけでしょうかね?」
「残念ながら私も同じ感想さね……」
「あー、多分この子は姿勢がいいんだな。所作が綺麗だから見る者に教養を感じさせるんだろう」
予想外の展開に頭を抱えるボクと女将さんに向かって、遠慮がちに解説してくれたのは料理長さんだった。
なるほど。衛兵さんたちもそうだけれど、騎士さんたちも普段から街の人たちに見られているから、立ち居振る舞いに気を遣っているものね。本当に思わぬところで経歴が役に立つものだ。
まあ、原因が分かったところで、座敷童ちゃんが目立ってしまうことに変わりはないわけですが……。




