644 隠れ里からの帰還
再び濃い霧に包まれた中を歩くこと数分。気が付けばボクたちは元のクンビーラの路地裏へと帰還していた。もちろん座敷童ちゃんも一緒だ。はぐれないようにとつないでいた左手からは、変わらずに彼女の温かさが感じられていた。
《イベント『彷徨いの小道~マヨヒガ編~』が完了しました。結果を精査しています。しばらくお待ちください》
同時にインフォメーションも流れて、イベントが終わったことを知らせていた。
それにしても『マヨヒガ編』と追加されていたということは、イベントの内容は複数あるということなのかな?試してみるつもりは毛頭ないけれど、後で掲示板等を見て調べるくらいはしておいた方がいいのかもしれない。
《精査が完了しました。結果を発表します。
マヨヒガでの行動…友好的。持ち帰ったアイテムの所持を認めます。
持ち帰ったものが特殊なNPCであるため、その他のボーナスはありません》
おおう!?あちらでの行動如何によっては、持ち帰ったアイテムが没収されてしまう可能性もあったのね……。
そして座敷童ちゃんを連れ帰るという変わり種な展開となったためか、追加のボーナスはなし。
まあ、あったとしてもガチャチケットだろうから、もらえなくても別に悔しくはないです。
「本当に悔しくなんてないんだからね!」
うちの子たちがきょとんとしていたが、「何でもないよ」と告げるときにせずに歩きだしたのだった。
……もう少し気にしてくれてもいいのよ?
肝心の座敷童ちゃんの扱いですが、精査のところに書かれていた通り『特殊なNPC』という形となるらしい。
具体的にはボクの庇護下にあるということで、パーティーメンバーでもテイムモンスターでもないけれど、『ファーム』へと出入りすることができるそうです。
ただし戦闘は不可でレベルもなし、というかレベル一から変化しないようになっているみたい。あくまでもペット枠またはなごみ枠な立ち位置だね。
ちなみに、この度めでたく?翡翠ひよこもアイテム扱いから座敷童ちゃんと同じ特殊なNPCへと格上げされることとなった。
そのためアイテムボックスへの出し入れはできなくなったのだけれど、代わりにこちらも『ファーム』へと出入りできるようになったため、あの子のフリーダムさには変化がないだろうと思っている。
まあ、これまでも重要な展開の時や魔物と遭遇した時などには、しっかり空気を読んで飛び出してくることはなかったので、今後もその点だけは大丈夫でしょう。
さて、と……。おじいちゃんから『土卿エリア』の現状について詳しい話を聞いたり、ブラックドラゴンに挨拶に行ったり、『猟犬のあくび亭』でおいしい料理を味わったりと、元々いろいろと用事を抱え込んでいるという状況だった。
が、今はそれらに加えて座敷童ちゃんのことをミルファとネイトに紹介するという超重要な案件がプラスされている。
「うん。とりあえずリアルの方の時間が押しているから、一旦ログアウトしよう!」
決して面倒ごとを先送りにしたわけではありませんので、あしからず。
きっと次にログインするときには名案が思い浮かんでいることでしょう。がんばれ、未来のボク!
ログインしました。面倒ごとを押し付けてきた過去のボク、恨むからね。
名案なんてそう簡単に思い浮かぶはずがないでしょうが!
しかも時間が空いて客観視できるようになったことで余計に事の大きさが理解できるようになってしまった。
妖怪、西洋風の概念や認識に当てはめるとすれば妖精となるのかな。それを異界である隠れ里から連れ帰って来てしまった。しかもお友達枠で。
これがテイムモンスターやサモンモンスターであれば、そうは問題にはならなかっただろう。事例の総数自体は少なくても、過去にも現在にもそうした冒険者がいる、という設定になっているからね。
ところが今回のボクの場合、座敷童ちゃんはお友達という扱いだ。これの何が問題なのかと言いますと、「行動を制限させられる者がいない」これに尽きる。
同じ猛獣でもテイムモンスターたちは鎖でつながれたり檻に入れられたりしている状態であり、現在の座敷童ちゃんは首輪こそつけているけれど鎖どころか手綱すら持っていない放し飼いの状態だ、とイメージしてもらえれば理解しやすいかもしれないね。
「うーん……。自分で例えておいてなんだけど、こんなかわいい座敷童ちゃんが猛獣とか、ありえないわ」
それを言えばうちの子たちも全般的に威圧感とは無縁なので、やっぱり猛獣とは言い難かったりするのだよねえ。
ふいに漏らしたボクの呟きに、手をつないでいた座敷童ちゃんがきょとんとした顔で小首をかしげている。上目遣いの破壊力がとんでもないです。
割と本気で大きなお友達に見せるのは危険なのでは?と考えてしまった。
とりあえず「何でもないよ」と短く告げて歩き始める。
よくよく思い出してみれば、今いる所は下町の裏通りなのだ。いくらクンビーラの街中とはいえ大通りから比べれば狭くて薄暗く、その上人通りも少ない。
そんな場所に長時間居座るなど、面倒ごとに巻き込んでくれと言っているようなものだ。
「そういえば座敷童ちゃんが着てるのって和服だったっけ。可愛い顔立ちは隠しようがないから、せめて服だけでも変えて目立ちにくくしないとなあ……」
となると、経験豊富なアドバイザーが欲しいところだ。ここは当初の予定通り『猟犬のあくび亭』へ行って、おかみさんたちに協力してもらうとしましょう。
人目を避けるため横道や裏路地を通ってようやく目的地へと辿り着く。
「こんにち――」
「ようやく顔を出したさね」
「騎士たちから帰ってきていることは聞かされていたが、なかなかやってこないから忘れられてしまったのかとやきもきしたぞ」
出迎えてもらえるのはとても嬉しいのだけれど、まさかワンフレーズの挨拶の言葉すら最後まで言わせてもらえないとは思わなかった。
「えっと、お久しぶりです。いろいろとご心配をおかけしたみたいでごめんなさい」
「水臭いことは言いっこなしさね。命を張ることが多い冒険者なんだから、無事に戻ってきただけで上出来ってもんさ。……ところで、そっちの大きい子と小さい子は誰だい?」
……ケンタウロスのトレアを単なる「大きい子」扱いする女将さんは、本当に肝が据わっていると思うよ。お忍びでやってくる公主様の相手をしていることで鍛えられたのかも。
「お話したいことはたくさんあるんですけど、まずはこの子のことで相談に乗ってもらいたいんですけど……」
女将さんから「小さい子」と称された座敷童ちゃんをそっと押し出しながら、ボクはそう口火を切ったのだった。




