641 異界
いやはや。不可思議でよく分からない場所にかっ飛ばされたとは思っていたが、まさか妖怪の中に入り込んでいるとは思ってもいなかったよ。
はい、そこ!お腹の中だとか丸呑みだとか気分が悪くなりそうなことは考えないように!
ここはあくまでもお屋敷の敷地内。いいね?
救いなのは座敷童ちゃんだけでなく、青鬼さんも友好的に接してくれていることだろうか。打算があった訳ではないけれど、仲良くしておいてよかったと思う。
青鬼さんが本気になったら、ボクたちなんて一瞬でゲームオーバーになってしまうだろうしねえ。
それはさておき、続けて解説してくれるようなので傾聴するとしましょうか。どうやら簡単には逃げられそうもないからね。それならせめて少しでも多く情報を集めておくべきだろう。
「前向きだな。だが、そういう態度は嫌いじゃない」
そしてまたもや青鬼さんからは高評価が下される。本当にこれは一体何なのでせうか?
よく分からないままあちらの都合がいいように持ち上げられているみたいで、とてもとても居心地が悪いのですが……。
そんな気持ちが顔に出てしまっていたらしく、少々バツの悪そうな表情で青鬼さんが話を続け始めた。
「まあ、マヨヒガっちゅうても、ここはまだなってから日が浅くてなあ。このままだと存在が危うそうになっていたんで、ちっとばかりこの子に気張ってもらっていた訳だ」
頭を撫でられていた座敷童ちゃんはちょっぴり気恥ずかしげに、しかしそれでいて誇らしげに微笑みを浮かべていた。かわいい。
……あれ?でも座敷童の能力というのは、住んでいる家の人たちに繁栄をもたらすとかいうものではなかっただろうか?家そのものであるマヨヒガに効果があるものなのかな?
……うん。深く考えるのは止めようか。なんだかんだ言ってもここは『OAW』というゲームの中の世界だからね。独自の解釈をしているというのは十分にあり得る話だ。
「極端な言い方をすれば、この屋敷はこの子に育てられたようなもんだ。だからな、お客人方よ。この子は元よりこの家にだってあんたたちを害する気は毛頭ないんだぜ」
マヨヒガは招き入れた相手を歓待する性質を持っているので、よほど内装品などを壊して回るようなことをしない限りは、攻撃どころか悪影響を及ぼすようなことはしないとのことだった。
と、ここまで言われればさすがのボクでも察しがつくというものだ。
つまり、あのリラックス効果はこの屋敷であるマヨヒガがやった事で、その行動もこちらを害するためではなく、むしろその逆でボクたちをもてなすためのものだったらしい。
恐らくは直前の「このままお昼寝でもしたいところだわねえ」というボクの台詞に忠実に従おうとした結果なのだろう。
「説明されてみれば、確かにすれ違いですね……」
それまで仲良く遊んでいて、しかも直前には一緒になってお茶を飲んでまったりしていたのに、突然剣呑な態度に様変わりしたのだ。座敷童ちゃんがあの時オロオロしていたのも納得というものだわね。
「えーと、それじゃあボクたちだけでなく座敷童ちゃんを狙っている敵は存在しないということでファイナルアンサー?」
「ふぁ、ふぁいな?」
「あ、いえ、そういう結論で問題ないですか?」
「ああ。そういう認識で構わないぞ。そもそもここはワシら妖怪が作った隠れ里の一つだからなあ。マヨヒガが招き寄せたのでもなけりゃあ近くに来ることすらできんよ」
不可思議な場所だと思っていたら、そんなファンタジーもビックリなところだったのね。
「うにゅ?ということは、ボクたちもこのお屋敷に呼ばれたってこと?」
「それがなあ……。お客人方はどうやら自力で、もしくは誰かの力によってここまでやって来たようなのだなあ」
なんですと!?
「え?もしかしなくても、とっても不審者ですか?」
「うむ。控えめに言っても不審者だな。所属も来歴も正体も目的も何もかもが不明だからな」
「しかしてその実体は!……ただの迷子なんですけどね」
「迷子なのか?」
「迷子なんですよ」
という訳で、今度はこちらの事情を説明することに。
「ほうほう。それはまた面倒なことに巻き込まれたものだなあ。条件を満たしたことで異界への扉が開いてしまったのだろうよ」
一口に異界と言っても。精霊や妖精たちが住んでいる文字通りの異世界から、ここのような隠れ里まで幅広いそうだ。
「取り替え子の伝承を知っているか?妖精によって子どもがすり替えられてしまうというものだが、実は赤子はともかく童のものの大半はふとした拍子に異界に紛れ込んでしまったことが原因なのだ」
元の世界に対してそれぞれの異界は大なり小なり常識からして異なっている。当然そこでの経験は過酷なものとなることが多く、それが心の傷となったり精神に悪影響を及ぼしたりと、それが原因で元の世界に戻って以降も日々の生活に暗い影を落とすことになるのだとか。
「正気であっても常識が破壊されてしまっているから、まともな生活が送れなくなるんですね」
「その通り。親や周りの者たちからしてみればいきなりおかしなことを言いだしたりしでかしたりするようになるので、姿形の似たなにかにすり替えられたという気になったのだろうな」
なるほどねえ。……それにしても見た目和風な青鬼さんが西洋の伝承についての話をすると、違和感が半端ないですな。
「まあ、お客人くらいの年齢であれば、自我も意識もしっかりしているから気にする必要はないだろうよ」
普段からゲームでの出来事や行動を、必要以上にリアルへと持ち出さないように気を付けていますので。
そう。いくら現実味があったとしても『OAW』がゲームであることには変わりはなく、リアルと混同してはいけないのです。
「この子と遊んでくれていたようだし、この通りマヨヒガも歓待の意思を見せている。ワシらとしても問題はない。帰るまでしっかり面倒を見てやろう」
そう言ってもらえたのが今日一番の収穫だったかもしれない。そのつもりはなかったとしても、どうやらボクたちはこの隠れ里へも不法侵入だったらしいので。
帰ることができると分かって一安心だ。
「ところで、マヨヒガに入り込んだ者はここから一つだけ持ち出すことができるのだが、もしも可能であるならワシらの要望を聞き入れてもらいたい」




