640 保護者?登場
「おうおう。客人が居るとはこいつは珍しい」
緊迫した空気を台無しにする調子で飛び込んできたのは、そんなのほほんとした台詞だった。
「しかし、剣呑な気配が漂っとるから覗きに来てみりゃあ、一体全体どういう状況だね?うちの娘をお客人方が取り囲んどるのか?……いや、守ろうとしてくれているちゅうた方が正解かのう」
家の陰からのそりとした様子で現れたのは青い肌をした巨躯の男性だった。
もちろん単なる人ではない。天然パーマ気味のもじゃもじゃとした髪からは二本の角がニョキニョキっと天に向かって生えていた。
いわゆる青鬼というやつだろう。パンツではなくズボンにチョッキという違いはあるけれど、定番の虎縞柄の衣服も身につけてくれていた。
そんな彼を見た瞬間、ボクたちの隙間をぬって座敷童ちゃんが青鬼へと飛び付いていく。
「ぐふっ!?」
訂正。あれはもはやタックルとでも呼ぶべきものだったわ。頑丈そうな青鬼が思わずうめき声を漏らしてしまうとか、どれだけの威力だったのやら……。
まあ、お互いに笑顔だったので二人の間ではよくあるスキンシップだったのだろう。
……ちなみに、ボクたちはそれを黙って見ていることしかできなかった。
悔しい話だが、青鬼が独り言のように呟いた言葉――「うちの娘をお客人方が取り囲んどるのか?」という部分ね――に込められていた怒りの感情に気圧されてしまい、まともに身動きが取れなくなっていたのだ。
「感情を込めただけの台詞がディランの〔威圧〕技能より上とか、どんだけハチャメチャな強さなのよ……」
これまでボクが出会ってきた中で最強クラスだということだけは間違いないね。
つまり、ブラックドラゴン並みだということになる。
ボクたちが戦々恐々としている間にも、彼らの会話が行われていた。
「ほうほう……。そうか……。遊んでもらったのか、そいつは良かったなあ」
まあ、座敷童ちゃんは喋らないので、青鬼が一人で相づちを打っているという奇妙な見た目となっていたけれど。その様子から闖入者であるボクたちに特段隔意を持っている訳ではなさそうに見える。
先ほどの怒りも、座敷童ちゃんに危害が加えられるかもしれないという想いが発露してしまったものなのだろう。
味方とは言えなくても、少なくとも話は通じる相手ではないかと思う。青鬼だしね。
「……なるほどのう。……あー、お客人方よ、どうやらお互いすれ違いがあったようだ。詳しい話をしたいんで、武器を下ろしちゃあくれねえかい」
「へ?武器?」
言われて手元を見てびっくり。いつの間にやらボクの両手にはそれぞれ龍爪剣斧と牙龍槌杖が収まっていたのだった。
うちの子たちもリーヴは剣と盾を構えているし、トレアは狙いこそつけていないものの弓に矢をつがえていて、いつでも引き絞れる準備ができていた。エッ君も軽い前傾姿勢ですぐにでも飛び出せる体勢だ。
どうやら圧が解けて動けるようになった時に、ほぼほぼ無意識で臨戦態勢となっていたみたい。
「あー……、そう言ってもらえるなら、こちらとしても願ったり叶ったりです」
正直、戦ったところで勝ち目はゼロだからね。それ以外の方法で解決できるのであれば、それに越したことはない。
「ほうほう。可愛らしいお嬢さんかと思えば、肝が据わっとるじゃないか」
なんだか想定外に高評価を受けている気がする。後々のハードルが上がらなければいいのだけれど……。
おっと、話し合いの場所はこのまま屋外にしてもらおう。青鬼さんは「すれ違い」と言っていたが、最悪それが解消できずに終わることだって考えられる。
戦ったところで勝ち目はないのだから、せめて逃走経路くらいは確保しておきたい。
まあ、正直に言うことはできないからオブラートに包みつつ「また武器を取り出して家財道具を傷つけたりしちゃいけないので」と説明したところ……。
「ほう……。しかも危機意識もしっかりしているときたかい。こいつは重畳だ」
いや、おかしくないかな!?どうしてこんなことで青鬼さんの好感度が上がるのよ!?チョロインか!
この衝撃が大き過ぎて、こちらの狙いがまるっと筒抜けだったことに驚く暇もなかったよ。それでも拒否されることはなく、話し合いはこのまま庭先で続けられることになったのだった。
うーん……。強者の余裕……。
「まず、お客人方はこの子の正体にはご存知かね?」
ポフポフと座敷童ちゃんの頭を軽く叩きながら青鬼さんがそう尋ねてきたので、ボクたちはコクリと頷くことで答えを返す。
ちなみに、構ってもらえるのは嬉しいけれど子ども扱いされるのは嫌なのだろう、当の座敷童ちゃんは怒りながら喜ぶという複雑怪奇で器用なことをしていた。かわいい。
「そうかそうか。それなら話は早い。ああ、一応言っておくとワシは見た目の通りの鬼、青鬼だ」
良かった。「実は赤鬼で」とか「本当の姿は黒鬼」とか言われたら、リアクションに困るところだったからね。
「それでここからが本題なんだが……。マヨヒガっちゅうのを知っておるか?」
「名前くらいは聞いたことがありますけど……。不勉強でごめんなさい。詳しいことは知りません」
「ああ、別に責めるつもりはないから気にせんでもいい。ざっと説明するとだな、マヨヒガとは訪れたやつに富を与えるっちゅう伝承を持つ家の妖怪じゃあ」
は?妖怪?家の妖怪?なんかようかい?
……コホン、ゴホン!ま、まあ、長らく使用していた家財道具が妖怪になったという話は――本当かどうかは一旦横に置いておくとして――リアルでも良く聞くことだし、壁の妖怪とか木綿の妖怪とかが居るなら、家の妖怪が居てもおかしくはないのかもしれないね。
「それで、この屋敷もそんなマヨヒガの一つという訳だ」
「……はい?」
え?ちょっと待って?
今の話が全て本当のことだと仮定すると、ボクたちは今その妖怪の中にいる、ということになりませんかねえ?
「多分お客人が想像している通りだろうぜ」
おーう……。まさか敵地ど真ん中どころか、その内部にいる状態だったとは……。
道理で青鬼さんが先ほどこちらの意見をすんなりと聞いてくれた訳だよ。ボクたちは逃げ道を確保したつもりになっていたけれど、実際はその周囲を丸ごと取り囲まれていたのだから。
〇補足その一
リュカリュカちゃんが青鬼に対してあまり警戒感を持っていないのは、童話の『泣いた赤鬼』に出てくる青鬼の「いいやつ」というイメージが染みついているからです。
ちなみにですが、私が生息しているうどん県には、この『泣いた赤鬼』に登場する青鬼を元にしたマスコットキャラクターがいたりします。
〇補足その二
それと、絶対に戦っても勝てないレベルの強者がやたらと登場していますが、これはリュカリュカちゃんのこれまでの行動、戦うよりも交渉などで問題を解決していくというスタンスを反映しているためでもあります。
バトルで解決!という脳筋プレイをしているプレイヤーの場合は、同じように物語が進んでも同レベル帯の敵が配置されることになります。




