64 調味料を探せ
今さらな説明になってしまうけど、『猟犬のあくび亭』で販売されているうどんは醤油ベースの出汁ではなく、トマトのスープやコンソメのスープに入れて提供されている。
だから、変わり種のスープパスタをイメージしてもらえれば分かり易いかもね。
とはいえ、『OAW』では小麦はパンにするものという認識であるらしく、麺類というものはほとんど存在していない。これは全ての地域で同じであるそうだ。
ただ、初期選択エリアから出られたプレイヤーはまだいないそうなので、展開次第では、先のエリアで発見される食材という扱いなのかもしれない。
ボクとしてはあくまでも食材としてのうどんを教えただけのつもりだったので、こうした食べ方に文句はなかった。
が、ですよ。今回は『カツ丼風のうどんを作る』という目的があるため、できる限りリアルに近い味付けにしたかったのだ。
「魚醤ならもしかすると見つかるかな?でも、お肉の味付けに魚の風味がするものだと喧嘩しちゃわないかな?」
いかんせん食べたことがないから、どんな味になるのかさっぱり予想がつかないのだ。
長々と味付けの研究をしている余裕はないから、発見したとしても使えないかもしれない。まあ、先々では使えるようになるかもしれないから、見つけたら確保はしておくつもりだけどね。
「すいません、魚醤ってありますか?」
と、近くにいた店員さんに聞いてみたが、結果は芳しくはなかった。
「名前からして魚を加工した物でしょうか?当店で、というか、クンビーラで取り扱っている物となると、こちらの乾物類のみとなりますが……」
それでも海藻っぽいものの乾物や、小魚を煮干しにしたものがあったのでいくつか購入しておく。
そして、時折顔を出すので珍しいものが入っていたら教えて欲しいと店員さんにお願いして店先から離れたのだった。
「うーん、困ったね……。まさかここまで完全完璧に空振りになるとは思わなかったよ」
これだけの規模の市場だから、珍品扱いで少しなら存在しているんじゃないかと思ったんだけどなあ……。
ここよりもさらに変わった物があるとするなら……、お金持ちのお家?確かに探し物クエスト等でいくつかの貴族の人たち――正確には、その使用人の人たちとなる――と知り合いになってはいる。でも、こんな相談ができるほどかと言われると……、ノーだよね。
「後は……、あ!商業組合に行けば何か情報があるかも!?」
ボクも一応だけど組合員の資格は持っているし、金貨三十枚という大金を預けている優良資金主でもある。突飛な話ではあっても、無碍にされるようなことはないと思う。
そうと決まればさっそく出発だ。
「エッ君、リーヴ、商業組合に行くよ!」
テイムモンスターの二人を引率して、人ごみの中を商業組合に向かって歩いて行く。
遠くからでも見つけやすいようにという思惑もあるのか、商業組合の建物は一際大きなものだった。そのため迷子になることはなかったのだけど、いかんせん人の数が多いので思った以上に到着までには時間が掛かってしまった。
田舎育ちなので、雑踏を進むのにはなれていないんだよ。
「うおっと!?気を付けろい!」
「おっとと、ごめんなさい。……あれ?もしかしなくてもボッターさん?」
「確かに俺はボッターだが。って、嬢ちゃんじゃないか!」
そして、商業組合の建物の入り口でぶつかりそうになった相手は、なんとゲーム開始時にボクをクンビーラの街まで連れて来てくれた行商人のボッターおじさんだった。
うん。何というか、素晴らしくご都合主義な展開ですね。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ」
「ボッターさんもお元気そうだね」
「行商なんて体が資本だからな。それと、嬢ちゃんの方の噂も色々と聞いてるぞ」
「あはは。どんな噂なのか、聞くのがちょっと怖いかも」
「悪い噂じゃないから安心しな。……おっと、ここでは邪魔になってしまうな。中へ入るか」
ボッターさんに連れられて建物の中へと入る。
「あら?ボッターさん、帰るんじゃなかったんですか?」
「知り合いにばったりと会ってしまってな。奥の部屋を使わせてもらうぞ」
入り口脇にいた案内役のお姉さんにそう言うと、スタスタと奥へと進んで行く。ボクたちもお姉さんにペコリと会釈してその後に続く。
背後からお姉さんの「え?今の卵のドラゴン?リビングアーマー?ということはあの女の子が……?」何やら呟く声が聞こえてきたけど、あえて聞こえないふりをする。
「まあ、座ってくれや」
おじさんに案内されたのは、小部屋の一つだった。大事な商談や会談を行うこともあるだろう、机や椅子などの調度品やさりげなく飾られている絵からは品の良さを感じられた。
勧められるままにボクが腰を下ろすと、エッ君がバッグから飛び出して机の上に着地する。
「ほほう。その子が例のドラゴンパピーだな。いやあ、こうして間近でドラゴンを見る機会があるとは、人生ってのは分からないもんだな!」
無作法を窘めるより先に感心されてしまったことで、エッ君が「エヘン!」と胸を張っている。その様子を見てさらに目を細めるボッターさん。
今ここで叱るのは無粋かな……。でも、後でちゃんと注意しておかないと。
マナーや礼儀というものは油断するとなあなあになってしまいやすいものだからね。何が何でもと言うつもりはないけれど、揚げ足取りな攻撃の的にされない程度の礼儀作法は身に着けておいて損はない、というのがボクの持論。
ちなみに里っちゃんはこれすらもパーフェクトにこなしてしまうので、粗を探そうとしていた大人たちはいつも悔しそうにしていた。
一方のリーヴはボクの護衛役だと言わんばかりに、斜め後ろに立っていた。ただ、その身長の関係で、机越しのおじさんからは頭くらいしか見えなくなっていたけど。
「そっちのが昨日の件で嬢ちゃんがテイムしたってリビングアーマーか。……アリシア様の鎧が題材って話は本当だったみたいだな」
それでもきっちり見抜いて来たボッターさんの目はさすがと言えるのかもしれない。
「よく分かりましたね?」
「はっはっは。俺がガキの頃は祭りの余興と言えば、アリシア様の冒険譚だったからな」
ハーフエルフの勇者様の物語はかなりの人気作だったようだ。
それが急に上演されなくなったというのも、なんだかおかしなことだよね。これも何かのイベントの前振りだったりして。




