638 寂しがり屋の元気な笑顔
濃い霧に包まれた不可思議な小道を歩いて辿り着いた先の家で、玄関を開けたら和服姿の幼女にお出迎えされました。
何を言っているのか以下略という状況なのだが、そうとしか説明のしようがないので納得して頂きたいところだわね。
もっとも当のボクたちからして何がなにやら?と言いたくなる状態でもあった。
だって、門の前であれだけ大声で騒いでいたというのに、完っ全に無反応だったからね。てっきり誰も住んでいない無人の家なのか、それともタイミングが悪く家人が全員で払っている留守宅のどちらかだとばかりに思っていた。
ところが蓋、ではなく扉を開けたら床に手をついてお出迎えという、リアルでもされた事のない応対をされたのだから驚かない方が無理というものだった。
しかし、いつまでも我を忘れて呆けてはいられない。出迎えてくれた女の子だけれど、どうやらボクたちのリアクション待ちなのか、先ほどからピクリとも動かないのだ。
いつまでも幼女に頭を下げさせ続ける一行……。うん、はたから見ればとんでもなく酷い絵面だわ。
「えーと……。ボクたちを出迎えてくれた、で合っているんだよね?とりあえず顔を上げてくれないかな」
もしもここがお化け屋敷やホラーハウスだったなら、のっぺらぼうだったり般若の面のような恐ろしい顔付きだったかもしれない。
もちろんそんなことはなく、女の子はどちらかと言えば平均以上に整った顔に花が咲いたかのような笑みを浮かべて応えてくれたのだった。
擬態語を当てはめるならば『ニパッ』だろうか。夏空の下、さんさんと照り付ける太陽にも負けずに大輪の花を咲かせるヒマワリを連想させる素敵な笑顔でした。
「それで、いきなりで悪いんだけど、ここのことを教えてくれないかな。実はボクたち、迷子というかいつの間にかこの近くに連れ込まれていたみたいなんだよね」
そんな彼女の笑顔に気を良くしたボクは、不躾だとは思いながらもこんな質問を口にしていた。きっと今度も輝くばかりの笑顔で返答してくれるに違いないと思い込んで。
だが、実際に女の子が見せたのは複数の感情、それもどちらかと言えば負の感情と称される困惑や悲しみといったものばかりが複雑に混ざり合っていた。
「……ごめんね。悪いけど君に〔鑑定〕をかけさせてもらうよ」
……ああ、そういうことだったのか。視界に表示された文字列に小さく息を吐く。
まったく、事ここに至らなければ気が付くことができない辺り、自分の経験値の低さや想像力の欠如具合に嫌気がさしてくる。こんな怪し気でその上辺鄙な場所にある家から少女はたった一人で現れたのだ。訳ありではないはずがない。
そんな過酷な環境下であることなど微塵も感じさせないまま、精一杯のもてなしの心を込めて彼女は頭を下げていたのだ。
もしかすると、ボクたちは久方ぶりの客人であったのかもしれない。それにもかかわらず、ボクはひたすらに自分の都合を優先させようとしてしまった。聞きようによってはどころか、まず間違いなくこの家から、そして女の子のいる世界から抜け出そうとしているように思われたことだろう。
ふう……。こうなったら腹をくくりましょうか。ミルファとネイトを含めて皆に話すお土産話が一個増えたと思えば、そう悪いことでもないしね。
強いて懸念材料を上げるとするならば、巻き込んでしまうことになるうちの子たちなのだが……。
あ、まったくもって問題なかったです。若干一名、名前は出さないけれど真ん丸卵ボディのあの子が既にやる気になっていた。
残る二人も「しょうがないなあ」という雰囲気でなだめているあたり、こうなることは予想済みだったのかもしれない
「まあ、せっかくこうして迎え入れてくれたんだから、帰るのはもう少ししてからでもいいかな。……という訳で、遊ぼうか、座敷童ちゃん」
正体を言い当てられたことに一瞬おどろいたものの、彼女はすぐにあの眩しい笑顔でコクコクと頷いてくれたのだった。
そんな訳で女の子の正体は座敷童でした。ついに和風の妖怪まで登場しちゃいましたよ。
中世欧州風の世界観どこ行った?まあ、『火卿エリア』では一応鵺にも遭遇していたから、今さらと言えば今さらな話ではあるのだけれどさ。
さて、お邪魔しますをしたのはいいが、ニポン風の建築だから靴を脱ぐ必要があるのでは?とか考えていると、いつの間にやら床材の上に敷物が敷かれており、座敷童ちゃん――のボディランゲージ――によるとそのまま上がっても構わないとのことだった。
ついでに天井も高くなっていて、トレアも頭をぶつけることなく歩くことができていた。
普通の家ではないだろうとは思っていたが、これは本格的におかしな場所へとやって来てしまっていたようだ。
そして案内されたのはお庭が見える畳敷きの大部屋だった。ざっと数えてみると二十畳以上はあった。ここだけでもボクの部屋がいくつも入りそうだよ……。
もちろん畳が傷まないように布製の敷物が敷かれているね。ここまでするくらいなら靴を脱いだ方が早いような気もするのだが、うちの子たちのように元から靴を履いていない場合や脱ぐことができない場合に対応するためなのかもしれない。
そもそもゲームの中なのだから、感触だけはそのままで傷がつかないように設定することだってできるような気がするのですが?
運営の中に謎のこだわりを持つ人がいたのかもしれない。
物珍しがってきょろきょろと見回している間に抜け出していたのか、座敷童ちゃんがいくつもの遊び道具を持って近付いてくる。
「どれどれ、何があるのかな?……これは、突っ込むべきなの?」
しれっと混ざっていた往年の据え置き型家庭用ゲーム機を取り上げてどうするべきか悩む。いや、テレビもなければソフトもないのに、本体だけ渡されてどうしろと?
「こっちはカルタにトランプね。ケースがプラスチック製だから違和感がすごい……」
もしかして、運営スタッフの個人的な持ち物を適当に再現したんじゃないの?
「他には……、うわ!懐かしい!メンコに独楽だ!」
小学校の時に昔遊びの授業があって、それをきっかけに特に男子たちの間で独楽が流行ったことがあったのだ。
メンコの方は厚紙に絵を描いてラミネート加工したものを図工の時間に作った記憶がある。
何とも懐かしい気持ちになりながら、遊び道具を吟味していくことになったのだった。
小学校の時に独楽が流行ったのは作者の実体験です。
上手な子になると掌の上で独楽を回すなんてことは序の口で、その独楽が回っている間だけ走ったり歩いたりすることができるという変則ルールで鬼ごっこをしたりしていました。




