637 わふー?
怪しげな空間に迷い込むこと数分。イベントが進行するポイントが不明なのでとりあえず正面の方向へてくてく歩いていると、辺りの雰囲気が変化してきているのを感じた。
「建物がなくなってる?もしかして外に出ちゃったのかな?……街中のイベントだと思っていたから戦闘はないと思っていたんだけど、もしかして結構やばい感じ?」
改めて確認してみれば、石畳だったはずの足元もいつの間に土を押し固めた小道へと変化していた。
しかも野外なのか脇には草が生い茂っている。
「あらら……。これは本格的におかしな場所に誘い込まれてしまったね。みんな、いつ戦いになっても大丈夫なように心の準備だけはしておいて」
と、うちの子たちに指示を出す傍らで〔警戒〕で周囲の様子を探る。今のところ敵対するような存在はいないみたいだが……。果たしてこの先はどうなることやら。
それでも先に進む以外に道はない。まあ、この段階でやたらと選択肢を増やされても困るだけ、というのが本音なのでこの状況はありがたいものだったり。
そうやってさらに歩いていると、違和感の正体に気が付いた。
「そうか。どことなくリアルっぽいんだ」
それとも和風っぽい空気とでも言うべきかな。この、ぽいという部分が重要なのよね。
自慢ではないけれどボクのリアルに住んでいる場所はいわゆる田舎でして。周囲は家屋よりも田畑の割合の方が多いくらいなのだ。
今歩いているこの不思議な小道は、そんな田畑の間にあるあぜ道に似通っている雰囲気を持っていた。
細かな差であることに間違いはないのだけれどね。ただ、『OAW』は基本的に中性欧州風の世界観だから、そうした細やかな違いであっても敏感に感じ取れたのだろう。
「それに、そこに気が付けたからどうした?っていう話だよね」
イベントの方向性などに関わってくることなのだろうが、肝心のイベントの中身は不明なままだからねえ……。
いやホント、何が飛び出してくるのか分からないというのは結構なストレスだわ。
そんなことを考えながら、時折〔警戒〕技能で周囲を探りつつ一本道をてくてくと歩く。
相変わらず霧は濃いままで、およそ十メートルを境にしてボクたちの視界を封じていた。対策もなしに道から外れてしまえば、方角の居場所も分からなくなって迷子バッドエンド待ったなしになりそう。
ここはやはり、大人しく道なりに進んだ方が良さそうだわね。
そうして経過時間すらもあやふやになってきた頃、ようやく道の先に変化の兆しが見られた。
突き当たった先に門が立っていたのだ。とは言っても寺院や武家屋敷のような大きなものではない。ちょっと裕福な御宅にあるといった程度の代物だ。
もっとも、その両側に続く壁と並んで長年使用されてきたらしい年季を感じさせる風合いとなっていたのだけれどね。
「歴史ある旧家って感じで趣があるねえ」
そんな感想はともかく、突き当たりにあったということは、この門をくぐって先に進めということなのだろう。が、残念ながら門は板で作られた扉によって締め切られており、奥を見通すことはできなくなっていた。
「ごめんくださーい……」
ちょっぴり遠慮気味に扉の向こうへと声を掛けてみるも、返事が返ってくる気配はない。
「誰かいませんかー?」
先ほどよりも大きな声を出してみたが、これまた反応はなし。
「やっほー!」
三度目の正直とばかりにやまびこが響き渡る勢いで叫んでみたのだけれど……。ギャグ系の展開であれば「うるせえええええ!!!?」とこちら以上の大声を張り上げながら誰かが登場するというのが定番なのだが、そのような気配はなく何の変化も起きなかったのだった。
「よし!これだけ騒いだんだから、聞こえなかったとか知らなかったとは言わせないからね。という訳で、レッツ不法侵入!」
日に焼け風雨に晒されながらも炒めがしっかりと残っている戸に、用心しながら手をかける。
ほんの少し力を入れて押してみると、キィという小さな音を発したものの、予想外にもほとんど抵抗を感じさせないまま開いていった。
そのまま限界まで押し開いて門の中へと入ったボクが見たのは、門や壁に負けず劣らすの年季を感じさせるニポン風の家屋だった。
玄関へと続く短い道には飛び石が設置されていて、周りには玉砂利が敷き詰められている。
低い垣根の向こう側に見えるのは庭園だろうか。木々だけでなく石でできた灯篭なども配置されているみたい。ただ、音が出るのを嫌がったのか鹿威しはないもよう。
「残念。あのカコンっていう音が結構好きだから、実物を見てみたかったんだけどなあ」
テレビや創作物の中ではそれなりに出番があるが、意外と生で見る機会は少ないと思うのよね。まあ、ゲームの中なので正確には実物とは言えないかもしれないけれど。
跳ねるようにして飛び石の上を進むエッ君たちに続いて玄関前へ。こちらの扉は門のものとは違って引き戸になっていたのだが、木枠に磨りガラスがはめ込まれていて一気に年代が進んだ感がある。
ここだけ切り取って見せられたならば、近所のお家の玄関先と勘違いしたかもしれない。
「みんな覚悟はできてる?それじゃあ中へ……、と行きたいところだけど、外見通りのニポン風の建物だとすると、トレアには厳しいかも」
肩透かしを食らってよろける真似をするうちの子たち、特にトレアを見て思う。
レベルが足りないだとか力不足だと言っている訳ではない。下半身が馬であるため、彼女はボクよりもはるかに高い身長となっている。身体の幅の方も二人分とまではいかなくても、大柄な男性くらいはあるのだ。
つまり物理的、サイズ的に厳しいという訳です。
廊下などの狭い場所では振り返ることができない可能性もあるね。どのような罠が仕掛けられているのかも分からないから、思わぬ形で足を引っ張られることになるかもしれない。
でもねえ……。いまさら『ファーム』でお留守番をしていろというのもどうなのか、という話だ。
「とりあえず、入ってみて中の様子を確かめてから考えようか」
ボクの言葉に全員が首を縦に振る。問題の先送りとも言うが、うちの子たちとだけ冒険をする機会はあまりなかったからね。ボクとしてもできる限り仲間外れは作りたくはないのだ。
「ごめんくださいこんにちわはおじゃましまーす」
鍵は掛かっておらず、さしたる抵抗もなく引き戸が開かれる。
これまでの様子から今度もまた反応だろうと思いきや、小柄な人影が指をついて頭を下げているという光景に出くわしたのだった。




