635 あれからどうなった?
あれだけ最悪はリセットを行う必要がありそうだとか色々悩んでいたにもかかわらず、おじいちゃんたちとサクッと再会、そして理不尽にも続けざまにお説教というコンボをぶちかまされることとなったボクたち三人は、仲良くソファでぐったりする羽目になっていた。
まあ、半分くらいは彼らが無事だったことにホッと安心したことからくるものだったけれどね
「お互い無事で何よりだったな」
「ソウデスネ……。あ、ボクたちは『火卿帝国』に飛ばされることになったんだけど、詳しいことは宰相さんたちにでも聞いて」
帝国対策にはクンビーラの『商業組合』だけでなく、冒険者の人たちも動員することになるだろうからね。
「帝国ねえ……。まだまだ他所にちょっかいをかけられるほど安定していないだろうに」
「うん。実際に兵を出すような余力はないと思う。でも、その分嫌がらせじみた裏工作をしてくる可能性はありそうじゃないかな」
反皇帝派や日和見な中立派の貴族たちであれば、自分たちから目を逸らさせるために周辺に怪しげな噂を流す、くらいのことはやらかしそうだ。
リシウさんたち?お別れ前に何本かコンコンと釘を打たせてもらったこともあるので、それらしい動きは見せるかもしれないけれど、恐らくは偽証だろう。
皇帝派は国内最大勢力でそもそも地力が違うからね。むしろわざとそうした行為を取らせることで、他勢力に力と意識を内と外へと分散させようとしているのかもしれないです。
「ほうほう。そうなると、クンビーラとしては隣のヴァジュラへの警戒をしておけば事足りそうだな」
油断は禁物だけれど、おじいちゃんの考えで問題ないだろうね。
「こっちからも質問。『ジオグランド』の洞窟でボクたちと別れた後、おじいちゃんたちはどうやってあのローブの人物をやり過ごしたの?」
片や冒険者、片や聖職者という違いはあれども、ディランもクシア高司祭も生きた伝説扱いされるような超一流の戦闘技術の持ち主だ。
そんな二人相手に随分と失礼な物言いではあるが、あれと戦って勝てるかどうかは分からないと言ったのは他ならぬ彼ら自身だった。
「ああ、そのことか。そもそも俺たちはあいつとは戦っていないぞ」
「はえ?……戦ってない?いや、それ無理でしょ」
おじいちゃんたちが居た大広間は、パーテーションのようなものでいくつも小さな作業場に区切られていた。そのため隠れようと思えば隠れることはできただろう。
が、あの時の二人はボクたちを逃がすために時間稼ぎをするつもりでいたのだ。隠れてローブの人物を素通りさせることなどあり得ない。
「実はあの大広間にはさらに奥へと繋がる隠し扉があったのさ。その先はいわゆる非常用の避難路だったようでね。地上へ出ることができるようになっていたのさ」
どこかで聞いたことがある、というか知っている内容だ……。はい、とぼけている場合じゃないですね。集落跡でボクたちが掘り返したあそこのことだろう。
「そこから抜け出したやつは洞窟の入り口へと戻り、そこで騒ぎが起きていることを知り、お前たちを追いかけたということのようだ」
つまりは、待ちぼうけというかすれ違いになっていた、ということらしい。
「すまなかったな。結果としてお前たちを守ってやることができなかった」
深々と頭を下げた二人を見た時、ボクはようやく悟ることができた。
ボクたちが彼らの安否を心配していたように、いや、比べ物にならないくらいに強く二人はボクたちが無事であるかどうかに心を砕いていたのだ。
ああ、なんて愚かだったのだろう。プレイヤーであることに胡坐をかいて、彼らの心を踏みにじり続けていたのだから。ボクたちが本当にするべきだったのは、迷宮の攻略でもおバカ領主や黒幕をやっつけることでもない。一刻も早く自分たちの無事を皆に知らせることだったのだ。
「こっちこそ連絡も入れないでごめんなさい。心配をかけてしまってごめんなさい」
身勝手な行動の裏でどれだけの多くの人に不安で辛い想いをさせてきてしまったのか。そのことに思い至って情けなさと恥ずかしさで涙が出そうになる。
すっかり凹んでしまったボクたちを見て、今日の話し合いは一旦お開きにしようということになった。
去り際に「まあ、なんだ。お前たちが無事で本当に良かった」と言われ、またまた泣きそうになってしまったのは秘密です。
その後、三人そろって反省しながら眠りに就いたのだった。
「しゃきっと気持ちを入れ替えて、本日も張り切っていこう!」
「……朝から元気ですわね」
「ふにゅう……。あとごふん……」
大きな声で宣言したボクに、ミルファが上半身を起こしながらで答えてくれる。まだ眠気が取れていないのか半眼になっているのがちょっと怖いです。
そしてネイトの方はまだ夢の中なのか、創作物では定番だがリアルではまず聞くことのない台詞を口走っております。そんな彼女を起こして、ちょうどやってきたメイドさんに案内されて食堂へ。
そこでは再び公主様一家が待ち構えていたのだが、昨日とは違ってミルファの顔を見た瞬間ハインリッヒ様が抱き着いてきていた。
「いつかの夕食会の時の光景と同じになったね」
あの時は確か、ミルファが『毒蝮』の毒で死にかけたことを伝えたのだったかな。長らく音信不通にしてしまったから、死んでしまったかもしれないと不安に駆られてしまったのだろう。
昨日の会議で大人しくできていたことへのご褒美という側面もあったのかもしれない。
本当にたくさんの人たちに心配と迷惑をかけてしまっていたのだと実感して、落ち込みそうになる。
公主様たちが食事もせずに抱き着くというハインリッヒ様のお行儀の悪い行動を黙認していたのは、そうした自覚をボクたちに促すという狙いもあったような気がする。
結局、引っ付き虫になってしまったハインリッヒ様は、朝食が終わってからもミルファから離れようとはしなかった。
そのためボクたちは予定を急きょ変更して、今日う一日はそれぞれ別行動をとることになるのだった。
余談だが、ミルファにしがみついて離れようとしなかった彼の朝食は、美人ママのカストリア様と綺麗系お姉さんのミルファから交互に「あーん」してもらうという、なんとも贅沢なものとなっていましたとさ。
それを見た公主様と宰相さんが「ぐぎぎぎぎ……」と歯ぎしりをしていたため、ボクとネイトさらには給仕役のメイドさんたちにとっては、『笑ってはいけない朝食タイム』と化していたことも最後に付け加えておく。




