634 報告会 3
いやはや、ボクたちのクラスチェンジや翡翠ひよこのこと等、省くべきところはできるだけ省いていったのだけれど、そこはやはり二十日近くに及ぶ長期間の出来事だけあって、お話しするだけでも数時間を要してしまった。
まさか途中でタイムアップとなり、ログアウトとログインを挟むことになろうとは思わなかったよ。
え?時間短縮をしなかったのか?
……はっ!その手があった!?
と、冗談はここまでで、さすがにあれだけのことの説明をミルファとネイトの二人に任せっきりにするというのは問題だからね。
その時々の事情を再確認するということも兼ねてしっかりとお話させて頂きました。
「ふうむ……。緋晶玉を産出していた迷宮を潰すことができたのは幸いだったな。しかし、税を盾に領民を強制的に徴用するとは……。治める領主によって程度の差はあるのだろうが『火卿帝国』の貴族たちの腐敗は想像していた以上だな」
リシウさんたちやエルーニの反応から察するに、あのアホ領主は他に大差をつけてトップを独走するレベルでのダメ貴族だったみたいですけれどね。
「皇帝派の重鎮にそなたたちのことを知られてしまったのは痛手ではあるが、捕われることもなければ引き留められることもなかったのだから、そういうことなのだろう」
宰相さんの言う「そういうこと」とは、要するに自分たちでは手が足りないから仕方なくボクたちに任せた、ということだろう。
「黒幕と思しきローブ姿のやからについては、早急に調査しなくてはなりませぬな」
「うむ。『土卿王国』に引き続き『火卿帝国』でも相対したのだ。こちらには出没していないなどと甘い考えはできん。騎士団と衛兵に領地を巡回させると共に、城の文官たちには文献を当たらせ、過去に遡ってそれらしき人物が目撃されたことがないかを調べさせよう」
あっという間にローブの人物への対策が立てられるが、過度の期待は禁物というやつかな。クンビーラ以外の地で暗躍されている場合はどうしようもないからね。
まあ、獅子身中に潜む虫を発見して追い出すことができれば、それはそれで安心できるしこちらの情報を渡さないという利点ともなるので、実施した方が良いことに間違いはない。
「リュカリュカよ、彼の帝国が武力で討って出てくることはあると思うか?」
「今の段階だと、どの勢力であっても本拠地を守りながら外へと派兵できるだけの体力はないと思いますけど」
出兵自体はできなくはないだろうけれど、その侵攻を行っている間に他の勢力が空き巣狙いのようにその拠点を奪いに来るはずだ。
「ああ、そうか。もしかすると、ローブの人物は緋晶玉を大量にばらまくことで、帝国内のバランスを崩そうとしていたのかもしれないですね」
ボクがやらかしたように、精錬していない緋晶玉でも暴発させることはできるのだ。使い方次第では十分に兵器ともなり得る。
「バランスの崩壊か……。それでも皇帝派であれば国内の平定を加速させる方向へと進みそうだが、その他の連中ともなると、確かに何をしでかすか予想ができんな」
「ローブのやからは、そうした連中のところに軍師や知恵者を装って潜りこむつもりだったのかもしれませぬなあ」
その可能性は十分にあり得そうだ。もっとも、その当人はイフリートによりプチッとされてしまったので、その先でどういった展開を求めようとしていたのかは相変わらず謎のままとなってしまった訳ですが。
「話を戻すと、帝国からの侵攻は絶対にないとは言い切れない、ということだな」
「そうですね。特に南方は国境なんてあってないようなものですから」
その上街道としてもまともに機能していないから、見張りを立てているような事もないだろう。その隙を突かれてしまえば、迎撃が間に合わずに敗北する都市も出てくるかもしれない。
「表立って動いて帝国を刺激しては元も子もない。そちらの都市国家には商人たちを使って噂という形でそれとなく情報を流しておくとしよう」
そもそも直接伝えたところで信用してもらえるかどうかは別問題だ。
同じ『風卿エリア』にある都市国家同士とはいえ、現在では盛んな交流がある訳でもない。まあ、ブラックドラゴンが守護竜になったことで、再び注目を集めてはいるようだけれど。
それでも適度に曖昧な方がかえって信憑性が出てくるかもしれないね。
おっと、いけない。重要なことを伝え忘れていた。他所様のことも大事だけれど、自分たちのことはもっと大切にするべきだ。
「あの、『武闘都市ヴァジュラ』にはこれまで以上に用心するべきです」
「ヴァジュラ?……そうか!帝国との街道でまともに機能しているのは彼奴の所のみ。あちらからのやって来るものであれば、人も物も情報も操り放題ということか!」
「はい。完全には支配できなくても、何割かは既に向こうの手の内にあると思います」
反皇帝派の貴族辺りが仲間に引き入れようと秘密裏に接触している可能性もある。まあ、ヴァジュラも泥船に乗って沈没するようなことにはなりたくはないだろうから、安易な提案に飛び付くような真似はしない、と思いたいところだ。
「その進言通り、これまで以上にヴァジュラには警戒するように。コムステア侯爵、よろしく頼むぞ」
「しかと心得ました」
ミルファの心の安寧のためにも、よろしくお願いしますね。その後、細々とした質問はあったが、特に緊急で困難な問題が発生することもなく会議は終了となった。
「ご苦労だったな。三人とも疲れているだろう。場内に部屋を用意してあるから今日はゆっくり休んでくれ」
そんな言葉を最後に公主様たち一家が退室していく。
あれれ?結局カストリア様もハインリッヒ様も一言も喋ることなく終わってしまったよ。ハインリッヒ様の将来のためにこういう会議の雰囲気に慣れさせようとでもしたのだろうか?
案外ボクたちの、特にミルファの無事な姿をいち早く見たかっただけだったのかもしれないね。
そんなことを考えながら会議室から下がり、用意された部屋で意外な人物たちと再会することになる。
「ディラン様!?クシア高司祭!?」
「この不良娘どもが!連絡も寄越さずどこで何をしていた!」
「お互い基本的には旅の空の身だからね。心配させるなとまでは言わないが、せめて無事かどうかくらいは知らせるべきじゃないのかい」
ええええ……。
どうして再会した直後に叱られているの……。




