630 アコの迷宮
湧いていた魔物を文字通り蹴散らして強引にアコの迷宮へと入る。
こちらのレベルに合わせた強さなので一、二体であれば全員で突撃することで一気に倒しきることができたのだった。
これぞ、数の暴力アタック。
余談だが、アイテムのドロップはない。そこまで便利にしてしまうと、本格的に『ファーム』に引きこもる人が続出してしまいそうだものね。
運営の判断は賢明なものだったと思う。
入口に当たる部分は、こんもりと山積みになっている土をくりぬいたようになっており、その中央に魔法陣が設置されているというものだった。
草原の中に唐突に小山がある状態なので、違和感が半端ないです。
まあ、作り始めた迷宮だから仕方がないね。迷宮が成長していくにつれて、この外見も変化させることができるようになるそうで、とあるプレイヤーは天高くそびえる塔のような外見にしているのだとか。
だけどその迷宮自体は地下に潜るタイプのもので、メイションや掲示板では「外見詐欺だ!?」と騒がれていた。
おっと!他所様のことは置いておいて迷宮の中に入ろうか。
リポップした魔物との戦闘になっても面倒だものね。迷宮入り口ということになっているけれど、付近の魔物を誘いこんでは配下にしたり、倒して育成のための養分にしたりする形式上、この場所には魔物が侵入してくることができるからだ。
その点、魔法陣で移動した先ではアコの迷宮核の力で魔物との遭遇を回避することができるらしいので安心という訳。
さっそく地下一階へと移動してみると、薄暗い洞窟のような場所だった。どうやら自然洞窟を模したくねくねと細い通路が入り交じる形のようだ。
よくあるオーソドックスなタイプだが、だからこそ汎用性は高そうだ。
例えば、狭い通路では一度に攻撃できる人数が限られるため、数の暴力アタックに頼ることができない。
さらに折れ曲がり湾曲して先が見通せないことで心理的圧迫感を与えることができ、しっかりとマッピングしないと迷子にもなり易いといった具合だ。
定期的に一部だけでも変化するようにできれば、それだけで難攻不落には届かなくても相当数の相手を足止めできるように思う。
「作り始めたばかりの迷宮としては、悪くない選択じゃないかな」
まあ、単純に絶望感を与えるのであれば、果ての見えない大部屋とか、大量の魔物に取り囲まれるモンスターハウスの罠をいくつも設置する、という方に軍配が上がるかもしれないけれどね。
「現在、何体か魔物を誘いこんでいる状態なので、アコは一番奥の階層から出られないようですね。案内するからそちらまで来て欲しいとのことです」
「……ふむふむ。了解。こちらですわね」
ボクよりもうちの子たちの方がしっかりと意思の疎通ができるらしく、喋ることができるチーミルとリーネイの二人が中心となって迷宮内を案内してくれることになったのだった。
隊列は先頭にトレアとその背中に乗ったエッ君、チーミルとリーネイのコンビが続き、その後ろにボクたち三人でしんがりをリーヴが務めるというものだ。役割的に普段の探索ではできない並び順なので新鮮な気持ちになるね。
みんなでてくてくと歩くこと約一分、次の階に向かう魔法陣へと辿り着く。
「あら?階段ではなく魔法陣ですのね」
そういえば以前の緋晶玉が採掘できる迷宮では、階層間の移動は階段を使うようになっていたのだったかな。
「アコによれば、入口への転移も兼用できるのでこちらの方が安上がり、らしいです」
「節約は大事だよね。抑えられるところは抑えるようにしておくべきだとボクも思うよ」
あの子とはどうしても接触や絡む機会が少なくなってしまいがちだから、褒められる時にはしっかりと褒めてあげないと。そんなことを考えながら次の階層へ進む。
「どこかで見たことがあるような……。いえ、誤魔化しても意味がありませんね。キメラの居た階層と酷似しているようです」
「ということは、あの扉の向こうにはボス級の魔物がいるってこと?」
巨大な観音開きの扉を見ながら疑問を口にする。
「アコから伝言ですわ。その先にいる魔物は完全に支配下にあるので心配いらないそうですわ。無視して部屋の隅にある魔法陣から次の地下三階へと向かえばいいみたいですの」
チーミルの言葉に意を決して扉を開く。部屋の中心にいたのは燃え盛る半裸の変態、もといイフリートだった。そういえば例の戦いの時に捕獲したのでした。
それにしても……。
「イフリート氏の個性は消滅して単なるイフリートになっているはずなんだけど……。どうして外見はそのままなのよ?」
正直変態っぽいので勘弁して欲しいのだが、何でも外見は捕獲した時点のものがデフォルトとなるらしく、変更するにはダンジョンポイントを消費する必要があるそうな。
「あー……、ポイントは大事だよね。うん。」
先ほど節約は大事だと言ったばかりなので、イフリートの外見の変更を強く進めることはできなかったのだった。ぐぬぬ……。
そしてこれまた余談だが、満身創痍な外見で侵入者の油断を誘いやすいといったメリットや、見た目的に唯一の個体となるため変更しないプレイヤーも多いらしいです。
安全と確約されているとはいえ、二度に渡って激闘をくりひろげた相手だから、どうしても警戒してしまう。
できるだけ距離を取ろうと壁に張り付くようにして次の階層に続く魔法陣へとおっかなびっくりといった調子で足を進めたのだった。
そうしてようやく到着した地下三階で、ボクたちはアコと再会することができた。
「凄いね、アコ!まだまだ階層は少ないけど、しっかりと迷宮になっていたよ」
誉めてあげると喜んでいるらしく、短い間隔でピカピカと明滅を繰り返していた。
このままのんびり仲間たちと一緒にお話をしてコミュニケーションを取ったり、ワチャワチャとうちの子たちを撫でまわしてスキンシップをはかったりしていたいところだが、現状あまり余裕があるとは言い難い。
「さっそくで悪いんだけど、わざわざボクたちを呼び寄せたのはどうして?」
作った迷宮の自慢という面がありそうだとは思いながらも、いくら何でもそれだけではないはずだ。直前に緋晶玉をおねだりしていたことから、その関連ではないかと当たりを付ける。
急かせてしまうことに申し訳なさを感じながらも、ボクはアコに理由を尋ねるのだった。




