63 材料探し
「うどんを十人前分けて欲しい?そのくらいなら訳もない」
「やたっ!」
唐突で不躾なお願いだったにもかかわらず、『猟犬のあくび亭』の料理長さんは気前よく許可してくれた。
雪ちゃんとの通話でヒントを得たボクは、すぐさまその計画を進めるために再び『OAW』へとログインしていた。
時刻は午前四時半。ようやくお日様が東の空に顔を出した時間帯です。
MMOとは違って、ログイン時にある程度自由に時間の経過を決めることができるのが一人用RPGである『OAW』の長所の一つだ。
もっとも巻き戻す事はできないから、進め過ぎにはご用心といったところ。
そしてその機能を使って、ボクはログアウトした夕方六時から、一気に翌日早朝まで時間を進めていたのだった。
ちなみに、外に出るつもりはないと言ったのに無理矢理付いて来たうちの子たちだったのだが、エッ君は専用キャリーバッグの中で夢の中、リーヴもうつらうつらと舟を漕いでいる始末ですよ。
やっぱり部屋に残してきた方が良かったかな?
「しかし、そんなに多くを一体何に使うつもりだ?」
リーヴが追加されたボクたちだけど、お弁当代わりに三人で食べるには十人前という分量は多すぎる。料理長さんの疑問はもっともなことだった。
「昨日、いろんな人に迷惑を掛けちゃったから、そのお詫びにうどんの新しいメニューでも考えてみようかな、と」
「新しいメニュー!?」
「はい。それとでき上がった料理を使って嫌がらせをしに行ってきます」
「はあ?料理で嫌がらせ?」
どうせ料理長さんには手伝ってもらうことになるということで、計画について詳しく説明することにした。
「確かに騎士団や衛兵隊の牢に放り込まれている連中に、上等な飯は食わせてはいないはずだが……。リュカリュカ、ちょっとばかりえげつなくないか?」
「嫌がらせだから、えげつなくて当然!それに大量のウサギ肉を無駄にしちゃいましたからね。食べ物の恨みは食べ物で仕返しするのが筋ってもんですよ!」
本当は皆からお説教された分の仕返しだけど、そこまでは言う必要はないでしょう。
「それじゃあ、また後で厨房を借りに来ますから、よろしくお願いしますね」
首を捻りながら「そんなものなのか?」と呟いていた料理長さんにそう言い残すと、ボクはうちの子たちを連れてさっさに部屋へと戻ったのだった。
あのままいたらリーヴが眠気で倒れてしまいそうで、ちょっぴり怖かったのですよ……。
二人を寝かしつけた後、再度時間を一気に進めるためにボクもログアウトする。
それにリアルでやっておかなくちゃいけないこともあるからね。今日は夜に少しだけログインできるくらいになるかも。
続きが気にならないといえば嘘になる。でも、その続きを気兼ねなく進めていけるように、勉強とかやるべきことは済ませておかないと、ね。
……とっても面倒だけど。
とりあえず、取るのを忘れていたお昼ご飯を食べることにしますかね。ログアウトしてからお腹がグーグーと鳴りっぱなしだ。冷蔵庫に何があったかな?と考えながら、ボクは自室を後にしたのだった。
結局その日は諸々の用事を終わらせることで過ぎてしまった。いや、単に横道にそれちゃった時間が多かっただけの話なんだけど。
単語を調べる時についその関連先も覗いてしまったり、地理の勉強のつもりがつい延々と航空写真を見続けてしまったりだとか……。
半分無理矢理机に噛り付いていたから、集中力がすっかり低下していたのだ。
それならすっぱりと止めてしまえば良かったかなと思わなくもない。でも、一度さぼり始めるとすぐに癖になってしまうので、そういう訳にもいかないのでした。
そしてログインできたのは翌日の日曜日の朝のことだった。
ビバ、週休二日制!
「さすがは自由交易都市って呼ばれているだけのことはあるよね……。何度見てもこの市場の大きさは圧巻の一言だよ」
現在ボクは『カツうどん』作りに必要な食材を探しに、クンビーラ南部にある市場、その中でも南東部側の食べ物関係ばかりが集まっている地域へとやって来ていた。
街の中心を東西と南北に走る二つの大通りほどではないにしても、それなりの広さの道の両脇にはお店が連なっている上に、店先にも軒が張り出してそこにも所狭しと商品となる多種多様な食べ物が並べられていた。
そんな感じで品物も多ければ、行き交う人たちも多い。しかも時折通りの真ん中を馬車が通り抜けて行く。その度に避ける人たちで押し合いへし合いが起きていた。
どうも市場の奥にある商業組合の建物に向かっているようなのだけど、これって都市設計失敗してない?
これは間違いなくはぐれてしまうと、急いでエッ君を専用キャリーバッグの中へと入れたのはつい先ほどのこと。
問題はリーヴだった。この子の場合、見た目は鎧兜な甲冑姿だから基本的には目立つのだけど、いかんせん小人族サイズなので、雑踏に呑まれてしまうと完全に人影にさえぎられて見えなくなってしまうのだ。
「いい?ちゃんとボクの服の裾を握っておくんだよ」
何とも締まらない絵面になってしまったけれど、迷子になるよりはマシというものだ。
本人もこの状況で逸れる危険性については理解してくれていたのか、不承不承ながらも従ってくれたのでした。
「うどんは料理長さんが準備してくれているから、ボクたちが見つけなくちゃいけないのはカツになるお肉に卵、調味料関係かな。お野菜はタマネギさえあれば何とかなるけど、彩りのミツバとかニンジンくらいは欲しいなあ。あ、小麦粉や片栗粉、パン粉にするためのパンも一応確保しておいた方がいいかも」
などと話しながら市場を散策していく。
予定通り精肉を取り扱っている一角でブラッディボアという猪系の魔物のお肉をゲット。物騒なお名前だけど、その由来は体毛が赤色だからなのだとか。
そしてブレードラビットを集めていたおじさんが捕まったお陰か、無事ウサギ肉も置かれていた。さすがは魔物、復活が早い……。
続けて卵もすぐに買うことができた。
「でかっ!?リアルのダチョウの卵並みの大きさだよ!」
なんでもコケコという鶏そっくりの魔物がいるそうだ。ただ、卵のサイズに比例した大きさらしいので、あまり遭遇したくはないかも。
雛のピッピヨはちょっと見てみたいけどね。三十センチくらいのひよことか、動くぬいぐるみですよ!
そんな調子で野菜に粉類など必要な物を次々と買い込んでいき、残るは調味料の類だけとなった。
「みりんや酒はお米が原料だから絶望的っぽいね……」
それどころか、肝心要の醤油すら見つからない。こちらは原材料の大豆を発見できていた分だけ落胆が大きかった。
はてさて、どうしたものでしょうかね?




