626 旅立とうとするけれど
「おおう!本当に全部入っちゃったよ……」
所狭しと積み上げられていた緋晶玉の山々が跡形もなく姿を消している。
アイテムボックスと『ファーム』は異なるため直接しまうことはできなかった。そこでうちの子たちがいったんそれぞれのアイテムボックスに持てるだけ持って『ファーム』へと帰還、そこで中身を放り出して空っぽにして、再度こちらの緋晶玉を詰め込んで……、というちょっぴり面倒な手順で緋晶玉の回収を行ったのだった。
リアルとは違って一個一個放り込むといった動作は必要ないものの、何度も往復するうちの子たちを見ていると、ついつい手伝いたくなってしまう。
いや、もちろん我慢しましたとも。
ちなみに『ファーム』の中へと運ばれた緋晶玉は、アコが迷宮の中へと移動させていたそうです。
二度手間だから直接迷宮にまで運べばよかったのでは?と思ったのだが、何でも迷宮を形成している最中だから、下手に出入りしていると取り込まれてしまう危険があるのだとか。なにそれ怖い。
「ふう……。ありがとうございました。これで懸念事の一つが片付きました」
心底ホッとしたという表情で、お姉さんがお礼の言葉を述べてくれた。使い方次第では交渉の切り札にもなり得たけれど、いかんせん緋晶玉は危険過ぎる代物だったものねえ。
なりふりと被害の大きさに構わないのであれば、リシウさんを暗殺するために離れた場所から魔法を撃ちこんでくる、なんて非道な手段だって取り得るのだ。
自分たちだけでなく領民のためにも、身の安全を優先した彼女たちの判断は間違いではないと思う。
その後、詳しい報告を受けたリシウさんから再度お礼を言われ、そうこうしている間に館の制圧が完了して帝国内の通行手形的な書状――特殊な用紙である必要があり、そのためにも領主の館の制圧が不可欠だったらしい――を譲り受けることができたのだった。
「短い間でしたがお世話になりました」
「それはお互い様だな。リュカリュカたちが安全に旅を続けることができるように祈っているぞ。それと……、いや、これは別れ際に話すような事ではないな」
途中で止めてしまったリシウさんだったが、何を言いたがっているのかは予想がつく。
「大丈夫ですよ。所属が違うとは言っても喧嘩をしている訳じゃないんですから、『三国戦争』みたいなことが起こらない限り、ボクたちが敵対することにはなりませんから」
ニッコリ笑って言うと、苦笑いを浮かべながら彼は「そうだな」と呟いたのだった。
うんうん。しっかりとこちらが伝えたいことを理解してくれていたようで何よりです。
実は迷宮を攻略したことに加えて、イフリートを倒したことでリシウさんの部下の数名から危険視されていたのだ。もちろん現状ではボクたちに勝ち目なんて万に一つもないのだけれど、それでも護衛の職業病みたいなもので、つい用心をしていたのだろう。
だから「敵じゃないよー」と明言することで、その心労を少しでも軽くしてあげた訳です。
苦笑したのは『三国戦争』のような事が起きなければという前置きをしたためで、これはつまり「戦争が起こらないように、しっかりと国内の貴族連中の手綱を握っておけよ」と発破を掛けたことに気が付いたからだね。
まあ、何だかんだといいながら部下の人たちだけでなく本人もかなり有能だから、問題なくこなしてくれるように思う。
改めて別れのあいさつを交わしてから領主の館を後にする。
時刻は朝というには少し厳しいものの十分に午前中の範疇だ。今から出発すれば日が暮れるまでにはそれなりの距離を稼ぐことができるだろう。
だが、それもこれも順当にいけばの話だ。
「町を出てすぐの所で足を止められることになるとは思わなかったなー」
すごろくの一投目から一回休みのマスに突撃してしまった気分だわ。
「そいつはすまんかったな。せやけど、ここで顔を合わしとかんと後々面倒なんや」
うわー……。このカンサイ弁エルフ、ちっとも悪びれた様子を見せないどころか、自分の都合を堂々と言ってきたよ。
「面倒ねえ……。まあ、力を落としたとはいえ国内最大派閥のようだし、主導権争いの一つや二つあってもおかしくはないか」
「……なんでワイの雇われ先が皇帝派やってバレたんや?」
「消去法かな。色々と話を聞いて行くうちに、密偵を紛れ込ませるだけの頭と体力とついでに財力があるのは皇帝派だけだと考えるようになったんだよ」
それこそ出会った当初は中立のどこかの領主が、潰されないよう上手く立ち回るために情報を得ようとしているのではないか、と思っていたくらいだ。
「なるほどな。リュカリュカたちとあのボンと一緒におらしたんは失敗やったか」
「情報を与え過ぎてっていう意味ではその通りだわね。でも、何も知らないとそれはそれでとんでもないことをやらかしちゃったような気もするから、仕方がない部分はあったのではないかと進言いたします」
親切に教えてくれていた裏には、あわよくば手駒を増やそうという思惑もあったように感じられるけれどね。
だからこそ、完全に取り込まれて身動きが取れなくなる前にさっさと逃げて出してきた訳でして。
「迷宮を攻略して、領主の心をへし折って、黒幕らしいやつを叩き潰したリュカリュカが言うと、説得力が半端ないな。というか、これ以上のとんでもないことって何をやらかすつもりやねん。本気でこの国がなくなってしまうで」
さすがにそれは言い過ぎだと思うのだが、反論すると藪蛇になりそうなので黙っておくですよ。
「コホン。ところでエルーニの雇い主にとって今回のリシウさんの功績は邪魔になるっていう認識でいいのかな?」
「あー……、この際やから全部話してしまおか。ワイの雇い主はあのボンの御父上でな。つまりこの領地のことを調べるために別ルートで派遣された人間っちゅうことや。ついでにボンたちの様子を伺うようにも言われとったけど、そっちはあくまでついでや」
エルーニの背後にいたのは、まさかのリシウパパですと!?
「ボンがこの任務に就いたんは、帝国内の現状を自分の目で見てこさせるためと、帝都から距離を取らせるためや。本人から聞いたんやろ、あれでやんごとない血筋のお人やから帝都に居てるだけで担ぎ上げようとするバカどもが後を絶たんかったらしいわ」
あ、その話を聞いただけで面倒なのがよく分かってしまったかも。
マジか……。エルーニの雇い主ってリシウパパやったんか……。
作者も(この一文を書くまで)知らなかった、衝撃の事実です……。




