617 悪いやつほど呆気なく退場するもので
召喚主がプレイヤーであってもNPCであっても、サモンモンスターはHPがゼロになっても死んでしまう訳ではなく、召喚が強制的に切断されるだけだ。
そのため、召喚不可のペナルティタイムを終えれば、何の問題もなくまた召喚することが可能となる。
ちなみに、召喚していない時に彼らがどこにいるのかは運営も明確な回答をしていないので、「魔物として世界のどこかに配置されている」という説と、「どこか異空間に収納されている」という説の二つがプレイヤー間では有力視されていたりします。
ボク?ボクはどちらかと言えば後者の「どこか異空間に収納されている」派かな。あくまで予想だけれど、テイムやサモンが成功した時点で、その個体は魔物からテイムモンスターとかサモンモンスターへとカテゴリーが変更されているように思う。
だって行動原理や行動指針がまるで異なっているもの。下手に『魔物』として一括りにはできないのではないかな。
まあ、ここの運営だからランダムイベントなどで登場する妙に強い個体に、育ったテイムモンスターのデータの一部を流用するくらいのことはやっている可能性はあるような気はしているのだけれどさ。
さて、いきなりどうしてこんなことを話したのかと言いますと、この召喚されていない間の待機場所にこそ、イフリート氏がかたくなに敗北を認めようとしなかった原因があるのではないかと考えたからだ。
もっとも、それが判明したところでどうすることもできない訳ですが。
なにせ当の本人はHPがゼロになったことで発生するはずの強制送還を、召喚主からMPを奪うことで無理矢理拒否した結果、ついにはローブの人物から召喚契約を破棄されてしまったのだから。
そしてそれは、見方を変えればサモンモンスターのくびきから解き放たれてしまった、とも捉えることができる。
経験を積んでレベルが上がった大精霊とか、まぢでシャレにならないのですが!?
「グルゥオオオオオオオオオオオ!!!!」
「しかも意識とか理性とか全部吹き飛んじゃって、すっかり暴走状態になっているみたいなんですけどー!?」
慌てて〔鑑定〕技能を使ってみたところ、しっかりと狂化の文字が!
残念ながらローブの人物が予想した通りの展開となってしまっているらしい。野生の獣じみた咆哮に、背筋を冷たいものが流れていくのを感じる。
先ほどまでの戦いはイフリート氏であったからこそ成り立っていたものだった。人間臭くて傲慢で他者を見下すような態度だったからこそ、その隙を突いて互角以上へと持ち込むことができたのだ。
正直な話、そうした面がなくなりただひたすらに破壊をまき散らすだけの魔物であれば、勝ちの目はうんと小さくなってしまうことだろう。
強者の存在感に圧倒されてしまい、恐怖に押しつぶされそうになりながらもこの事態を切り抜ける方法を必死に模索する。
とはいえ、実際は焦って頭が働かず、その事が余計に焦りを生み出すという悪循環に陥りかけていたのだけれど。
「……グオオ」
「な、なんだ!?」
吠え続けていたイフリートが、ふとした拍子にローブの人物を視界に収めた。さしものあいつも強者への根源的な恐怖というものは持ち合わせていたのか、気圧されて一歩後退っていく。
「あ、なんだかすっごく嫌な予感がする」
具体的に言うと、世界の支配を目論んでいた悪役が切り札の悪魔とか邪神を呼び出したまでは良かったが、従えることができずに逆にプチっとやられてしまう直前のようなそんな感じ。
「みんな、離れてー!」
ボク自身、叫びながらも身を翻して慌てて駆け出す。きっと似たようなものを感じ取っていたのだろう、うちの子たちだけでなくミルファとネイトも急いでイフリートから距離を取ろうとしているのが見えた。
「グラアア!」
「は?」
どれほどの時間が経ったのか、ふいに背後から雄叫びと間の抜けた声が聞こえてきたかと思えば、すぐに膨大な量の熱と光が押し寄せてくるのを感じた。
直後、強烈な風に押しだされるようにして地面を転がることに。それが爆風によるものだったと気が付いたのは、荒れ狂う風が治まり、ようやく顔を上げることができるようになってからのことだった。
「うわあ……」
イフリートを中心に半径五メートルほどが草一本生えない剥き出しの地面へと変化していた。元々行商人の人たちが荷車などを乗り入れていた場所ということで大半は踏み固められた地面ではあったのだけれど、それでも生命力の強い雑草たちが所々に生えてはいたのだ。
しかし今は、雑草など始めから存在していなかったかのような光景へと変貌していた。
そして、ローブの人物もまたその痕跡すら残さずに消え失せていた。
うーむ……。やられちゃった可能性が一番高いものの、この状況だと逃げられた可能性も否定できないのが痛いなあ。
《『暗躍者』の一人が消滅しました。ワールドイベント『天空の島へ至る道』が一段階進行いたします》
あ、はい。了解しました。……まさかインフォメーションで敵の生死を知ることになるとは思わなかったよ。
あと、気になることや突っ込みたいこともあるのだが、先に目の前の問題を片付けなくては。
「みんな大丈夫?」
と声を掛けるより先に動き出していたから、仲間たちは全員無事のようだ。そうなると残るはただ一つ。
「MPを大量に消費したようだけど、存在が消えるまでではなかったようね」
辛うじてという有り様だったが件のイフリートは未だ健在だったのだ。いや、HPがゼロなのに健在と言っていいのかは怪しいところだけれどね。
どうせなら力を使い果たして自滅してくれれば、ボクたちは楽ができただろうに。
「どうしましょうかね?多分精霊っていうことで魔力やMPだけの存在とかになっているんだろうけど」
ただし、MPを消費させるには魔法を使用させる、つまりは攻撃をさせる必要があるのだ。
ローブの人物を倒すという目的のためだけに、あれだけの範囲攻撃をぶっ放したのだ。下手な誘導だとイフリートが力尽きる引き換えに、この辺り一面が焦土と化してしまうかもしれない。
ついでに言うと、ボクたちがお陀仏になっている可能性も非常に高いです。
「HPの代わりにMPにダメージがいくようになっていないかしら?」
それなら反撃をされる前にボクの水魔法で倒しきることもできるかもしれないのだけれど……。




