615 vs イフリート 中編
リーネイのお陰で大ピンチを脱したボクたちだったけれど、依然ピンチであることに変わりはない。
ついでに言うと、イフリート氏のようなタイプはのっていると際限なく力を発揮できてしまう。
ここは早急に流れを変える必要がありそうだ。
その方法ですが、よくあるのが『時間を開ける』というものだ。リアルでも特にスポーツの試合などで頻繁に目にする光景だよね。
スポーツ少女の雪っちゃんいわく、
「これには身体や心を休ませるとか、情報を伝えるとかいった面もあるんだけど、強制的に間を開けることで自分たちにとって良くない流れを断ち切って仕切り直す、っていうのが一番の目的なのよ」
とのこと。
うんうん、とても参考になりますね。
ただし、実践できるかどうかはまた別問題でして……。早い話、不利になると分かってはいてもルールとして定められている以上応じなければいけないリアルのスポーツなどに対して、こちらの戦いでは相手の仕切り直しを待ってやる必要などないのだ。
つまり……、
「うっにゅわあああああ!?」
間を開ける余裕などなく、ボクはイフリート氏の猛攻に晒され続けていたのだった。
「がっはっはっはー!オラオラ!俺様の力はまだまだこんなものじゃないぞ!」
しかも乗りに乗ってハイになってしまっている。こういう勢い任せの状態に割って入るのは並大抵のことではない。
弱いと簡単に弾かれてしまうので、同等かそれ以上の力で迎え撃たなくてはいけないからだ。
「わっきゃああああ!?」
着弾して飛び散る【ファイヤーボール】の破片を飛び込み前転の要領で辛うじてかわす。
テンションマックスのためか若干制御が甘くなっている感じなのが救いだわね。そしてこの調子に乗っているところにこそ、付け入る隙があると言えるのだった。
「のわっ!?」
ヒュンと小さな風切り音を伴って目の前をかすめるようにして飛んできた矢に、思わず仰け反るイフリート氏。
直撃したところでかすり傷程度のダメージしか受けないとしても、頭部ということもあって根源的な恐怖が発生するのか、これまでとは比べ物にならないくらい大きな動作だった。
「今だよ!」
と声を掛けるまでもなく、両側面と後方から三つの小さな影がイフリート氏へと迫る。
「な、え?ふ、ふん!上手く間合いに入ったつもりだろうが、俺様に物理攻撃は――」
「効きますわよ。【ブレイク】!」
「痛えええええ!?」
チーミルが振るった防御力無視の闘技が左足にヒットした瞬間、イフリート氏は魂削るような悲鳴を上げた。
しかし、彼の苦難はこれだけでは終わらない。
「ぐべえ!?どごっ、ぷわあああああああ!!!?」
右から接近していたリーヴがゼロ距離から【ホーリーボール】を放ち、アッパー気味にその顎をかち上げたところに、背後からエッ君の【流星脚】が突き刺さる。
後ほど運営が撮影していた動画で確認したところ、綺麗なくの字に折れ曲がっていました。ただし、背中側に。
リアルなら確実に背骨粉砕の大怪我となっていたことでしょう。
それだけの力を受け流すことができなかったイフリート氏は、地面へと叩きつけられただけでなく、うつ伏せになったまま数メートル滑走することになったのだった。
うわあ、転んでひざ小僧に擦り傷を作った幼いころの記憶が蘇ってくるぅ……。
いや、まあ、それどころではないのだろうけれどね。HPゲージの方もそれは恐ろしい勢いで減少していたもの。
そうした身体的なショックに加えて、つい先ほどまでは優勢だったはずの自分があっという間に逆転されて地面に伏しているという心理的なショックでイフリート氏は呆然とした顔つきになっていた。
万能感にあふれていた状態から一気に引きずりおろされたようなものだからね。その大きな落差もあって、現状を受け入れ難くなっているのかもしれない。
ついでに言えば、自身の身体が想定以上の疲労困憊、MP不足になっていることにも愕然としていることだろう。
確かにハイテンションになることで普段以上の力を発揮できることは利点だ。
が、その元となるMPは有限なのだ。調子に乗って闘技や魔法をどんどん使っていれば、MPが尽きて枯渇してしまうのは当然のことだった。
まあ、召喚主がローブの人物へと変わったから、用いることのできるMPは大幅に増えていた可能性はあるのだけれど。それでも無限という訳ではないので、この結末はなるべくしてなったと言えるものだった。
そんな彼に近付きながら、ボクは口を開く。
「狙いをボクだけに定めたところまでは悪くはなかったと思うよ。テイマーのボクを倒してしまいさえすれば、うちの子たちはどうとでもなるからね。でも、視点をボクにだけ固定していたのは失敗だったね」
うちの子たちは賢いかわいいので、細かく指示を出さずとも自分たちで的確に判断してより有効な行動をとることができてしまうのだ!
という訳で、やっぱり戦いは数なんだよ、イフリート氏。
「さあ、さっさと負けを認めて元の居場所にお戻り」
言外に命までは取らずに見逃してやると告げると、ようやく顔を上げて驚いた表情でこちらを見る。
が、すぐにそれは消え失せ、代わりに現れたのは憤怒と憎悪に彩られた顔だった。やれやれ。あれだけ見事にボクたちにしてやられたというのに、まだこんな安い挑発に乗るだけのプライドが残っているとは。
そういうつもりなら、ボクたちの用意する舞台で嫌になるほど踊っていただきましょうか。
「このままだと集団で弱い者いじめをしているみたいな絵面になっちゃうね。……よし!ここからはボク一人で相手をしてあげるよ」
「!?……な、舐めるなアアア!!」
地面に伏していた状態から一気に飛び起きるイフリート氏。
その目はやる気に満ちており、HPこそ残り一割強から変わらなかったものの、枯渇間際だったはずのMPは大幅に回復しているようだった。
そんな元気いっぱいな彼に対して、どこか慌てた調子で叫ぶ声が聞こえてくる。
「ぐおっ!?き、貴様!勝手に魔力を引き出すのは止めろ!」
現在の召喚主であるローブの人物だ。どうやら復活したイフリート氏のMPの出所はあの人だったもようです。いやはや、想像した以上に想定していた通りに事が運んだわね。
余談だけれど、挑発に乗らずに召喚を解除した場合は本当に見逃すつもりだった。
心を折られる形になる以上、これから先で出しゃばってくる可能性は低いだろうからね。




