611 辛い事実
「みぎゃー!また変態だー!?」
まあ、ね。まさかこの展開は本当に欠片も想像していなかったので本心からの驚きではあったのだけれど、コミカルなリアクションとなってしまったのは、その裏にある事実を理解してしまっていたから、なのかもしれない。
当たり前だと思われるかもしれないが『OAW』やその元の『笑顔』において、プレイヤーもしくはNPCがテイムやサモンした魔物はそれぞれ別の個体として認識されるようになる。
もっともNPC側の場合は、データ容量削減のために汎用設定を使い回ししている可能性もありそうだけれど。
そんな裏事情っぽいことはさておきまして。
これまた当然だと思われるかもしれないが、一度プレイヤーまたはNPCにテイムやサモンされた魔物は、基本的には別の人にテイムしたりサモンしたりできないようになっている。
それはそうだよね。せっかく育てた魔物を取られてしまっては戦力低下待ったなしになってしまう。逆にゲーム開始直後に高レベルの強力な魔物を仲間にしたとなれば、ゲームバランスが崩壊してしまう可能性が大となる。
まあ、中には『異次元都市メイション』でプレイヤーメイドの高性能な武器や防具を購入してスタートダッシュをする人もいるようだけれどさ。
こちらの方は装備に一定以上の〈筋力〉や〈体力〉などの能力値が必要になっているので、バランス崩壊を招くほどには至らないらしいです。
世界観的にも「金持ちの坊ちゃんお嬢ちゃんが良い装備で張り切っている」とか、「家宝の武器で何とか一旗揚げたいと頑張っている」という扱いになるみたい。
おっと、いけない。またもや話が横道へと逸れてしまった。
……どうやらボクは自分で思っている以上に、この先にある事実に打ちのめされているようだわね。
改めてローブの人物が呼び寄せた存在を見てみよう。
ぱっと見の外見こそ人型だったが、人間ではあり得ない。三メートルに届こうかという巨躯な上に、その身体の所々から火が吹き上がっていたからだ。
呼び寄せる際に叫んでいた通り、火の大精霊のイフリートで間違いないだろう。
これだけであれば、さほどショックを受けることもなかっただろうと思う。さすがに二度も同じ種類の大物と戦うことになった事への驚きはあったかもしれないけれどね。
とはいえこの地は『火卿エリア』だから、そちら繋がりでそういう系統の魔物が登場しやすいのだ、とでも考えて納得したことだろう。
しかし、現れたのがハーフパンツ一丁だけの半裸という特徴的な姿で、さらに登場時の台詞が独特の言い回しだったとなれば話は変わってくる。
「どうしてここにいるの?」
「む?どうしてと言われても呼ばれたからであるぞ」
ローブの人物が割って入る間もなく、ボクの問いに答えるイフリート氏カッコ仮。
フリーダムさも相変わらずみたいで、やはりというべきか数日前に顔を合わせたものと同一個体である可能性がより高くなった訳だ。
あ、今さらな説明となりますが、精霊系の魔物は普通もっと衣服を着こんでいるか、または火や水といった各属性と同化していることが多く、この個体のようにいかにも半裸な格好というのは非常にレアな姿となる。
珍しくても嬉しくも何ともないですがね!
「呼ばれたから来た、か……。切り札として頼りにはしていたけれど、それ以上の信頼関係を結ぼうとはしていなかった、ってことかな」
テイムして以降は一緒にいることが多いテイムモンスターに対して、サモンモンスターは戦闘時などの一時だけサモンすることが多いためか、仲良くなり難い傾向があるらしい。
これはプレイヤーもNPCも共通で、『笑顔』での検証結果によれば、いわゆる好感度が上がり難い設定になっているのではないかと推測されている。
加えて、召喚するたびにMPが必要になることもそれに拍車をかけているそうだ。
そのため、ログアウト前にはできるだけサモンモンスターを召喚して、地道に好感度を上げていくことが新米サモナー育成のテンプレとなっているとのこと。
前回イフリート氏を召喚しただけで、彼はMP枯渇状態になりかけていた。こちらの世界で生きているNPCとしては、理由もなく呼び出すような真似はできなかったのかもしれない。
イフリートという強力な魔物を召喚できるということで満足してしまって、その後は碌に研鑽を積んでこなかっただけとも考えられるけれど。
が、それを確かめる術は、恐らくもう、ない。
なぜなら彼は、いや、彼を含めたあの三人の若手冒険者たちは、この世界からいなくなってしまっているだろうから。
実はプレイヤーとNPCでは異なったやり方となるのだが、それぞれ一つずつ他人のテイムモンスターやサモンモンスターを手に入れるための方法があった。プレイヤーの方法は直接関係ないのでまた後で。
そして肝心のNPCの方法だが、オブラートに包んで簡単に説明しますと、「コロコロしてでも奪い取る!」ということとなる。
正確には『譲渡の宣誓』なるものがあればいいらしいのだけれど、半ば強制的に繋がりを引き剥がすことになるのでマスター側の負担が大きく――メタ的に言うと、大量のMPを消費してしまう――ほとんどが命を落としてしまうそうだ。
「どうして彼らを?」
答えが返ってくることは期待しておらず、思わず口から飛び出していった問いだったのだけれど、予想外にもローブの人物が反応を示した。
「なかなか良さそうな道具を持っていたのでな。あの連中には宝の持ち腐れのようだったので、私が使ってやることにしたまでのことだ」
が、それは一々こちらの癇に障るもので、これなら無視された方が何倍も良かったと思えるものだった。
「ふん!俺様のことを道具と称するその態度は腹立たしいが、そう口にするだけの実力は持っているようだからな。従っておいてやろう」
サモンモンスターの方からは直接的な接触はおろかコンタクトを取ることもできない。
だから、そんな台詞を言わせてしまう程度にしか信頼関係を築いてこなかった彼にこそ一番の責任がある。
ああ、頭の中ではそうだとは分かっていても。
ボクは心の中の大切な何かが壊されてしまったようで。
とても辛い気持ちに支配されていたのだった。
補足説明
〇信頼・好感度について
信頼、好感度が高いほど、マスターとなる人物の指示を聞きやすくなったり、より良い方法を提示してくれたりする。
また、ピンチの時に助けてくれたりもする。オヤビン危ない!
〇プレイヤーの他者のテイム、サモンモンスターを手に入れる方法。
特殊なイベントを発生させて弟子入りして、師匠となるNPCから修行の合格の証として贈られる(好きな魔物を選ぶ)という流れ。
プレイヤー同士での交換や譲り合いは不可のままで、どうしても特定の魔物をテイムまたはサモンしたいという人への救済措置の側面が強い。
イベントを発生させるには一次上位職になれるレベル二十以上になっていることが条件の一つとなっている。
貰える魔物もレベル一からのスタートになる。




