610 敵の奥の手
「へえ。ようやくだんまりを止めたと思ったら、随分とまあ、あっさり自分の仕業だと白状するもんだね」
突然の黒幕宣言を行ったローブ姿の人物を半眼で睨み付けながら、ボクはその真意を探ろうと問いかけた。
「なに、先ほども言ったように見事にしてやられたものでね。少しくらいは敬意を表してやっても良いかと思ったまでのことだ」
反省の色が見えないどころか上から目線の言い分に、周囲の人垣から明確な怒りの感情や敵意が膨れ上がっていく。
「ふうん。それならついでに全部喋っちゃってよ。三食完備でベッドにトイレまで付いた個室に入れるように口をきいてあげるからさ」
ただし、壁の一面は鉄格子に覆われていて、四六時中監視が付くことになるだろうけれどね。
「せっかくの申し出だが遠慮させてもらおう。私にはまだまだやるべきことがあるのでね」
「この人数相手に逃げられるとでも?」
「もちろんだとも。むしろこの程度の数でこの私を捕らえられるとでも思っていたのか?」
「ぐっ!?」
ゴウッという勢いと共に、ローブの人物から強烈な圧迫感が押し寄せてくる。
「ほう。私の【魔力圧】に耐えることができる者たちがいるとは」
どうやら今のはなにらしかの技能で会得できる闘技であったみたい。字面的に魔力を用いてディランの十八番である〔気迫〕と似通った効果をもたらすものだったようだ。
だが〔気迫〕であれば訓練などで嫌になるほどぶつけられてきたのだ。ボクだけでなくミルファやネイトも無事に耐えきることができていたのだった。……やれやれ、また助けられてしまったんだね。
リシウさんたち一行もやり過ごせたらしい。当のリシウさんも熊獣人さんに守られていたようで平気そうだね。子どもたちは連れて来ずに馬車で待機させたのは英断だったわ。
しかし、それ以外の人たちはなかなかに大変なことになっていた。
まず、アホ領主たちに冒険者協会出張所の面々は軒並み全滅となっていた。
ボクたち以上に件の人物との距離が近かったこともあって、全員仲良く泡を吹いてぶっ倒れております。いや、もう、本当に使えない連中だわ。
周囲に集まっていた人たちの方も散々なものだった。それぞれのまとめ役となっていた数人を除いて、こちらも大半が失神してしまっていたのだ。
とはいえ彼らは――基本的には――荒事とは無縁の村人さんたちだ。一等級冒険者が発する〔気迫〕と同等の圧を受けて意識を保っていられる人がいるだけでも驚きの事態というやつだったりするのよね。
もっとも、あくまで意識があるだけの状態なのでそれ以上は期待することはできないだろう。一人でこの場から逃げるどころか、自力で動くことすら難しいかもしれない。
「リシウさん!周り人たちの誘導をお願いします!」
いきなり圧を掛けてきた態度から察するに、ローブの人物は武力行使に出ることに忌避感を持っていないような気がする。
数で心理的にプレッシャーを与えることができないとなれば、一刻も早くこの場から離れてもらう方が安全だ。
「わ、分かった!全員手分けして領民たちを避難させろ!動ける者は私に続いてくれ!」
突然の要望だったにもかかわらず、即座に応じてくれるリシウさん。しかも足手まといにならないように真っ先に距離を取るように動く辺り、自分の能力や立場に価値といったものをよく理解していることが見て取れた。
同じ国の貴族であっても、アホ領主などとは格が違うね。
まあ、比較対象が悪過ぎる気がしないでもないけれど。
ボクたちはと言えば、ローブの人物が手を出さないようにじっと睨みつけて牽制していた。
もっとも、そんな必要ななかったのかもしれない。何せ忙しなく逃げ回る周囲の人々を、面白い余興だとでもいうように、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら眺めていたからだ。
「ホント、いい性格をしているみたいでなによりだね!」
こんなやつなら遠慮せずに思いっきりぶっ飛ばせるというものだ。
ただ、焦る様子の一つも見せないところは気にかかる。自分の戦闘力に絶大な自信があるのか、それとも奥の手とか切り札的な何かを隠し持っているのか?
いずれにせよ、少しばかり用心しておいた方が良さそうね。
とはいえテイムモンスターという奥の手を隠しているのはこちらも同じだ。
ついこの間だって格上のキメラを倒すという大金星を挙げたばかりだし、みんながいればどんな状況であっても大逆転することができるはずだ。
「いつまでも余裕ぶっていられると思わないでよね」
「たかが一冒険者風情に何ができるというのだ?」
おや?あなたほんの少し前に、その冒険者に計画を台無しにさればかりだったよね?
え?若年性痴呆?いや、フードを深く被っていて顔も見えないので、若いのかどうかも不明なのだけれどさ。
「しかし、我が力の一端を披露してやるというのもまた一興か」
「って、やっぱり奥の手を出してくるのかい!?」
さっきから言動が一致していないのだけれど、どういうことなのよ?
……あ、メタ的な観点からなので白けさせてしまったらごめんなさい。
もしかすると、この人は上から目線な発言しかできないように設定されているのかもしれない。
例えば今回の場合、結果的に奥の手を使ってくるようになりそうな訳だが、追い詰められて仕方なくという展開よりは、余裕ぶった態度を取られていた方が戦いに勝った時に、より「ざまあ!」とスカッとした気分になれることだろう。
ついでに「ば、馬鹿な!?この私が負けるなどあり得ない!?」的な台詞を言ってくれれば完璧ですね。
さらに後々、別の敵が出てきた時に「俺はあいつのように油断などしない。最初から全力で仕留めてやるぞ!」といった展開に繋げることもできるようになる、といった利点なども考えられる。
まあ、それもこれもこの場を乗り切ってからの話だ。
ローブの人物は呪文らしきものをもにょもにょ唱え始めていて、それに伴ってその足元付近に魔法陣っぽいものが描かれていく。
そろそろ目前に迫ってきた戦いに集中するべきだろうね。自身満々なだけあってとんでもない強敵が現れる可能性だって十二分にあるのだから。
「出でよ、精霊!イフリート!!」
「求めに応じて俺様、来臨!」
「みぎゃー!また変態だー!?」
いや、まさかこの流れは予想していなかったわ。




