61 嫌がらせ、スタート
ガチャン。
重たい音を立てて開かれた扉の先にあったのは六畳間ほどの小部屋だった。
時間的には夕方にはまだ早く、遅い午後の柔らかな日差しが降り注いでいるはずなのだけど、建物の外壁に面していないためかその部屋はとても薄暗く感じられた。
部屋の真ん中にはドドンと大きめの机――天板の広さはおよそ畳一枚分くらいかな――が置かれている。その周囲には背もたれのない椅子が数脚配置されていたのだけど、現在その椅子に座っているのはただ一人だけだった。
チラリと一緒に部屋に入ってきた人へと視線を向ける。
「どうぞ」
勧められるがままに埋まっている席のちょうど対面になる位置へと腰掛けると、静かにリーヴがボクの斜め後ろへと陣取っている。
同時に、エッ君が専用キャリーバッグからぴょんと飛び出しては、机の上で華麗な着地を決めていた。
「お、おおー」
一緒に入ってきた人および、部屋の四隅にいた人たちから小さく歓声が上がる。
ちょっとぎこちないアンドわざとらしい感じもするけれど、こちらからの無理に付き合ってくれているのだから文句は言えないかな。
さて、改めて正面から先客を見てみると、その人物は苦虫を数十匹まとめて噛み潰したような、何とも言えない複雑な表情をしていた。
「昨日ぶりだね、おじさん」
そんな相手、ゲーム内で昨日ボクを襲撃してきたおじさんの気持ちなど一切無視して、春の木漏れ日のように柔らかで瑞々しい笑顔を浮かべるボク。
ふっふっふ。何でもないことのように取り繕っているけど、毒気を抜かれたように呆然としていたのを見逃してはいませんよ。
さすがは里っちゃん直伝のステキ笑顔術だね。ボクの顔が見える位置にいた見張りの人、騎士さんたちすらも一瞬見惚れていたくらいだ。
そんな部下たちを「うおっほん」という咳払い一つで正気に戻した隊長さんの手並みもさすがの一言だったけどね。
ここら辺で今の状況を詳しく説明しておくね。
まず、今ボクのいる場所だけど、クンビーラ北東部にある騎士団本部だ。さらに詳しく言うと、その中の取調室のような部屋ということになるのかな。
そこで行われていたおじさんの取り調べにお邪魔させてもらっていたという訳。
そんな場所にわざわざ何をしに来たのかというと……、
「ちっ。何しにきやがった」
おっと、おじさんからも尋ねられてしまったね。
「聞かれたからには答えないといけないかな。でも、んー……。後悔するかもよ?」
「な、なんだと……!?」
半分はハッタリだけど、もう半分は本音だ。
なにせボクはおじさんに後悔をさせるためにやって来たようなものなのだから。
「ボクが来た目的はね……」
もったいつけるように、そこで一旦言葉を切る。
そんなボクの態度に、おじさんだけでなく四隅で監視をしている騎士さんたちから緊迫した空気が流れだしていく。
そんな空気に当てられたのか、机の上のエッ君がドキドキと緊張してしまっているようだ。って、エッ君はボクの目的を知っているでしょうに……。
まあ、生まれたばかりだし仕方がないのかな?
一方のリーヴは人生経験――魔物生経験?――が長いのか、ボクの後ろでどっしりと構えたままだった。
ピグミーサイズだからか、座っているボクの方がまだ背が高いくらいだったのがいまいち締まらないところだったけどね……。
「くそっ!さっさと用件を言え!」
ついに耐えかねたおじさんが怒鳴り散らす。
精神面への揺さぶりに対してはあまり耐性がない?それともプレイヤーが参加することで事態が進むようになっているのかも。
ともかく、こちらの狙い通り動揺してくれているので、隣に座った一緒に入ってきた人などは込み上げてくる笑いを必死にこらえていたのだった。
ちなみに部屋へと案内してくれたこの人、この件の担当責任者となった千人隊長さんだった。
実を言うと、昨日ボクにお説教した内の一人でもあります。そんな経緯があったから今回の面会も拒否されるのかと思ったのだけど、話してみると意外にもノリノリで許可を出してくれたのだった。
「目が覚めてからあいつはずっと黙秘を続けていてな。このままだと埒があかないから最終手段に出るかどうか迷っていたところだったのだよ」
と言っていたくらいだ。こういうところの最終手段となると、まず間違いなく拷問ですよね……。リアルの現代ニポンとは異なって人権とか曖昧だろうし。
ある意味ゲームだからこそ、そうした違いを残しているのかもしれない。
「はいはい。そんなに叫ばなくてもちゃんと教えてあげるよ。ボクがおじさんに会いに来た目的はね、嫌がらせだよ」
「………………は?」
「ぶはっ!」
おじさんの目が点になるのを見て、とうとう千人隊長さんは吹き出してしまった。そして見張りの騎士さん方はというと、想定外の展開に付いて来られていないのか呆気に取られていた。
事情を聞かされていないのだからそれも当然だろうね。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。
でも、許可を出したのはあなた方の上司だから。
「だから、嫌がらせ。い・や・が・ら・せ!」
さてさて、呆けられたままではせっかくやって来た意味がない。
理解を拒否しているだろうおじさんの頭を強制的に納得させるために、一文字ずつ大きな声で口にする。
「返り討ちにされた標的とその仲間たちに、掴まっている情けない姿を見られるって屈辱的でしょ」
「うぐっ!」
ニッコリと、でも先ほどとは違う冷笑といった感じで微笑んであげると、おじさんは怒りと羞恥で真っ赤になっていた。
はい、そこの人!「性格悪いなあ……」とか言わない!
おじさんのせいでボクは昨日、関係各所の人たちから叱られるという散々な目に合っているんだから、これくらいやり返しても問題ないのです!いやいや、これくらいじゃまだ生ぬるいね。ボクはともかく、エッ君を狙ったことへの落とし前はしっかりつけさせてもらいます。
「そんな訳で、嫌がらせ第二弾に移らせて頂きます!」
「だ、第二弾だと……!?」
引きつった声でボクの台詞の一部を繰り返すおじさん。
ふっふっふ。むしろここからが本番だから覚悟するがいいのさ。
「じゃじゃーん!カツうどんー!」
アイテムボックスから取り出したそれを頭上に掲げると、まばらながらも騎士さんたちから拍手が起こったのだった。
結構立ち直りが早い上にノリのいい人たちだよね。
リーヴが仲間になったばかりですが、今章は街中でのあれこれなお話となります。




