609 追い詰めよう
ゲーム内の時間でおよそ百年前に起きた『三国戦争』は、主に大陸中央部の『風卿エリア』を戦場としていた訳だけれど、その影響はアンクゥワー大陸全土に波及していた。
特に大陸東部の『火卿帝国フレイムタン』は、大戦で目立った成果を挙げることができなかったことから国力を大幅に低下させてしまい、絶対君主だった皇帝の求心力が減少し、ついには各地の有力貴族たちの離反、今日まで続く内乱状態へと陥っていくことになる。
ここまできてしまうと、皇帝なんてただの飾りで帝都を中心とした中央には何の力も残っていない、と思ってしまうことだろう。
実際にボクだって同じ意見だったもの。分かっていないのは権力にしがみついていた偉い人だけ、ってね。
ところが、だ。リシウさんたちに帝都の現状について詳しく聞いてみると、その考えは誤りだったと気付かされることとなった。
確かに、皇帝や帝国中枢には往時のように有力貴族たちの全てを押さえつけるだけの力はなくなっている。が、国内の各所にある鉱山や岩塩の生産地など重要な場所の多くを直轄地として確保、支配し続けていて、『火卿エリア』で最も強大な勢力であり続けていたのだ。
ここまで聞いて「あれ?」と疑問に思った人もいることでしょう。
国内各地にある重要ポイント、つまりは帝都から離れた場所であるのに、どうやって支配を続けてきたのか?と。
答えは簡単で、帝都並びに直轄地は『転移門』での移動が可能だからだ。
なんと帝国中枢は反旗を翻した有力貴族たちとは異なり、『七神教』を排除することなく、それまでと同じ関係を保ち続けていたのだ。
まあ、正確には寄付金を増やしたり『七神教』関係者の待遇を良くしたりと、山吹色のお菓子があっちこっちと動き回っていたようだけれどね。
そうした努力や裏工作の甲斐あって、帝都と直轄地は『転移門』での行き来が今でも可能となっているのだとか。
ついでに言っておくと、『七神教』と並ぶ超国家組織の『冒険者協会』とも同様にそれまで通りの関係性を維持し続けていた。
帝都の冒険者たちは比較的まともだとされていることには、そうした背景もあった訳だね。
それでも冒険者、職員共に少なくない数の腐敗したやからが出ているのだが、実質的に各貴族の配下となっている地方領に比べれば月とスッポン、雲泥の差だったそうです。
ちなみに、貴族の配下に甘んじた各地の協会支部に対して、『冒険者協会』本部は「人々を守るという崇高な理念を失い権力者におもねる唾棄すべき者たち」だとして処罰の対象としているらしい。
このように皇帝を中心とした帝国中枢は、現状『火卿エリア』最大最強の勢力となっていた。
もっとも、専守防衛につとめているせいなのか、それともその情報をしっかりと隠し通しているためなのか、アホ領主のようなお気楽貴族様たちはそのことに気が付いていなかったりする。
きっと、対立することの危険性についても全く理解していないのだろう。
帝国中枢がいま最も恐れていること、それは有力貴族たちが団結して自分たち以上の勢力となってしまうことだった。
アホ領主が帝国打倒を掲げる一派にすり寄っているという噂は放置しておけるものではない。リシウさんたちが派遣されてきたのも当然という訳だ。
とはいえさすがの彼らも、まさかボクたちが国家反逆罪なんてものを持ち出すとは夢にも思っていなかったようだけれど。せいぜいが領民たちを徴収して強制的に迷宮で採掘をさせていたことを問い詰める、くらいに考えていたのではないだろうか。
一応こちらの事情については説明したが、その真偽を確かめる術がないというのは以前も述べた通り。この一件を使ってボクたちが何を目的として、何をしようとしているのかを見極めようとしている、というのがリシウさんたちの本音のような気がするよ。
さて、ここまでのやり取りでただ一人、ローブ姿の人物だけが一切言葉を発していなかった。それどころか、身動ぎ一つしないという不気味さっぷりだ。
もしかしてこちらは生身の人間ではなく、アホ領主たちを見張るための木偶人形か何かなのだろうか?だとすれば情報漏洩防止の定番対策、自爆!に用心する必要がある?
そんなことを考えていると、アホ領主が何やら喚き立て始めた。
「な、ななな何をこここん根拠に、そんなことををを言っているだあ!」
お、おーう……。これにはもう周り中「うわあ……」という顔で沈黙するより他なかったです。
「……強いて挙げるならその態度かな。そこまであからさまに挙動不審になられると、疑ってくれと言っているようなものだよ」
「し、しまったあ!?」
うおーい!
しかも追加で思いっきり自覚アリだということを自白してしまっているのだけれど!?
「自爆じゃなくて自白してくるとは……。侮り難し!」
冗談はこれくらいにしまして。ちなみに本当の根拠は、今の『火卿帝国』の技術力では緋晶玉から魔力を取り出すことができないから、だったりします。
魔物から取り出した魔石をあれやこれやして蓄魔石に変化させないと利用できないように、緋晶玉のような天然の蓄魔石から魔力を取り出すためには、特定の技術が必要になるのだ。
が、国が荒れてしまった『フレイムタン』では、この手の技術が真っ先に廃れてしまったのだとか。
この点はリシウさんたちだけでなくエルーニにも緋晶玉を見せて確認を取っているから、ほぼほぼ間違いがない、はず。
仮にアホ領主側に技術提供が行われていたとすると、それにもまた人手が必要になったはずだ。しかし、強制徴収された男性陣は全員迷宮での採掘に従事させられていた。
このことから魔力を取り出す技術は伝わっていないと推測したのだった。
そうなれば残る選択肢は利用可能な相手に売りさばくことだけ、となる。
そしてそれだけの技術を持っている相手となると、たくさんのドワーフを重用している『土卿王国ジオグランド』以外にはあり得ないのだった。
ついにもう言い逃れができないところにまできてしまったと理解できたのだろう。アホ領主はがっくりと肩を落として項垂れ、手下や部下たちもまた追い詰められたと悟って呆けてしまっていた。
ただ一人を除いては。
「ふむ。まさかこうも呆気なく全てが台無しになるとは想定外だった。あるものを使おうと横着してしまったのが失敗の原因か。念入りに立てたつもりだったが、どこか杜撰な計画となっていたのかもしれんな」
ローブ姿の人物がいきなり口を開いたかと思えば、自らが黒幕だったことを認める発言をしたのだった。




