605 仕込みその一
ログインしました。昨日はゲーム内で時間をスキップさせながら丸々一日を掛けて色々と種まきをしながら動き回っていたのだけれど、なんと早くもそれらが芽生え始めているようだ。
まだ朝も早い時間帯であるにもかかわらず迷宮前集落からは次々と人々が出発していき、目に見えてその数を減らしていた。
「行動が早いなあ。まあ、でも、真っ当な危険察知能力があるなら、これから一騒動起きそうな場所に留まろうとは思わないのは当然かな」
とはいえ、結果が出始めるまでの期間が短すぎるので、ゲームの補正が働いているのだろうね。
村にもならない規模の臨時集落でしかないから噂などが出回るだけならば一日でも十分かもしれないけれど、実際に行動に移す人が出る――しかも結構大量――までとなると、やはり異常な進行速度だと思うもの。
まあ、エルーニのように情報収集が主目的であるならばいざ知らず、人が集まっているので商機になるかもと単純に考えてやってきただけの連中ならすれば、周辺と同等かそれ以下の魔物素材しか出回らず、目玉となる緋晶玉は手にすることすらできないとなれば、身の危険を代償に粘って居座る必要もないのかもしれないね。
「そう考えるように仕向けておいて、よくもまあ、他人事のように言えますわね……」
慌ただしそうに出立する人々、主に儲けを見込んで訪れていた商人たちを見た感想に対して、ミルファが呆れたような口調で呟く。
「ボクはただ、そんなことがあるかもしれないね、って顔見知りとも雑談の最中に言っただけだよ。それをどう捉えてどう判断してどう行動するのかは本人次第だよ」
どんな外的要因があろうとも、最終的には当人次第なのだ。そしてそれは自己責任となる事柄であり、文句を言われる筋合いはないのだ。
そもそもの話、彼らは勝手に聞き耳を立てていただけで、誰一人ボクたちに事の真偽を直接問い質そうとはしてこなかったからね。これによってどんな不利益が生じることになっても、ボクたちを責めるのは単なる責任転嫁、難癖の類だと理解できるはずだ。
もっとも、これには真っ当な神経の持ち主であれば、という但し書が付くことになるのだけれど……。
「ほぼほぼ間違いなく騒ぎが起きることになるから、今から逃げておくのは間違いじゃないよ」
なにせこちらの狙いは、アホ領主陣営と冒険者を含む冒険者協会の足並みを乱すこと、もっと言ってしまえば対立を煽ることにあるのだから。
「騒ぎが起きるというよりは、騒ぎを起こす、と言う方が適切だと思いますけれど」
ボクの言葉を苦笑しながらネイトが言い直す。結果だけを見ればどちらもそう変わるものではないから、気にしちゃいけません。
それに、騒ぎを起こすのは最終手段ですから。勝手に騒いでくれるのに越したことはないのだ。
さらに言えばその最中に勝手に自滅してくれたりするともっと良いのだけれど、そこまでこちらの思惑通りに進んではくれないだろうね。面倒でも最後の一押しだけはボクたちが出張るしかないと思う。
さてさて、アホ領主やその配下並びに冒険者協会の人たちは、上手く踊ってくれるかな?
ちなみに、ボクたちが流した噂、もとい、雑談していた内容はと言いますと……。
「それにしても、迷宮を完全攻略してしまって大丈夫なのか?」
ボクたちが迷宮を攻略したことをばらすことになってしまったが、どうせ元より怪しまれていたので今さらデメリットはないと判断した次第であります。
「ああ、それなら問題ないですよ。だってこれは、領主側の意向を受けたものなので」
正確には領主サイドの誰か、ということになるだろうか。
穀倉地帯なだけあってスホシ村やこの迷宮がある領地はかなり広い。当然アホ領主の配下の人員は相当数になるはずだ。中にはこれから話すことと同じ考えを持っている人だっていると思う。
それを拡大解釈して、その上言葉足らずで伝えている訳ですな。
まあ、無理矢理で強引な理論展開だというのは自覚しています。
むしろ悪質な言いがかりみたいなものだわね。
しかし無関係を証明することは、時に関係があることを証明すること以上に難しい。
しかも一旦聞き手に「そうなのか」と思われてしまうと、それを撤回させることは非常に困難になってしまう。
だからこそリアルも含めて「先に言った者勝ち」が横行することになってしまっているのよね……。まったく困ったものだ。
「そ、そうなのか?」
あ、こちらお話の相手はスホシ村の男性陣の代表数名となっております。
「ええ。なんでも、こんな周りに何もない場所に迷宮を置いておくよりも、領都の近くに改めて設置した方がお得、っていうことらしいですね」
迷宮核、ダンジョンコアにはそれまでの迷宮の記録が残されているそうで、<ダンジョンマスター>といった迷宮の展開を自在に方向づけられる特定の人材を用意する必要はあるものの、そうした記録を元にした新たな迷宮を生み出すことは可能であるらしい。
ただし、これは『笑顔』の設定なので、『OAW』では密かに変更されている可能性がなきにしもあらずだったりするのだけれど。
「もしかして、これだけ商人たちがやって来ているのに、ここが村や町になっていないのはそのせいなのか?」
「お、鋭いですね。そういう思惑が働いているのはあると思います」
彼らのように強制的に集められた人を除いても、行商人や冒険者など出入りしている人数はかなりのものとなっている。
これだけの人が集まっていることを鑑みれば、さっさと村にでも格上げしておいた方が税収面でも管理の面でもお得なはずだ。
が、一応アホ領主配下のお役人こそ派遣されているけれど、そうなる気配は一向にないのが現状だった。
まあ、実際のところは、リシウさんたちのような『火卿帝国』の上層部や、他領の貴族たちにバレないように、こっそりと緋晶玉の採掘やっている――つもりになっている――だけの話みたいですが。
「でも、まさか二日で攻略できてしまうとは思っていなかったですね。今回の件でほとんどの冒険者や冒険者協会は使い物にならないと判断されちゃうかも。もしかすると、処分される人も出るかもしれませんねー」
ボクにとっては完全に他人事なので、軽い調子で淡々と下されるかもしれない沙汰について話していく。
それはスホシ村の男性陣にとっても同じ、むしろ被害を受けていた側ですらあるので、彼らもまた特に深刻になることも暗くなることもなかったのだった。
日頃の行い、って大切だわ。




