601 あの迷宮のあれやこれや
エッ君の進化も無事に終わったところで、次の話題に移りましょうか。こちらはさておき、リアルの方は年末間近なのであまり時間に余裕がないのよね。
「次の話題、……ああ。迷宮内のあれこれですわね」
うん。まあ、主に疑似ダンジョンマスターのおかしな行動とか、どうして緋晶玉が採掘できるようになっていたのか等々、あの迷宮の裏話についてになるだろうと思う。
ちなみに、アコとは直接の会話こそできないものの、テイムの関係にあるためか何が言いたいのかはおおよそ感じ取ることができるようになっていた。
しゃべれない動けない代わりに、ピカピカと明滅することで結構自己主張してくれるのだ。
それによくよく考えてみれば、エッ君たちもしゃべれないのよね。だから似たようなものと言えるのかもしれない。
で、色々分かったことをまとめると以下のようになります。
まず、あの迷宮について。発生こそ自然だったが、大陸統一国家時代に目を付けられて、様々なものの燃料として使用されていた緋晶玉を生み出す場所として利用されていた、ということらしい。
ある程度はボクたちの予想通りだったけれど、まさか、大陸統一国家時代から残っていた由緒ある?迷宮だったとは。
「もしかして、とてつもない歴史的な遺産を潰しちゃった?」
ボクの呟きにミルファとネイトの顔がサアッと青くなる、という一場面もあったのだが、アコによれば迷宮内は緋晶玉が採掘できる以外は特別なものや仕掛けはなかったらしい。
とはいえ、迷宮自体が不思議の塊のような存在だからなあ。アコ視点では大したことなくても、ボクたちからすれば常識がひっくり返るようなとんでもないものだった可能性がないとは言い切れないのよね……。
しかし、あからさまにホッとした態度の二人を前に、ボクがその考えを口に出すことはできなかったのだった。
話を続けよう。これまでの流れから分かっただろう、あの疑似ダンジョンマスターもまた大陸統一国家時代の代物であり、それこそあの迷宮を緋晶玉の採掘場とするために調整された特殊なゴーレムだったそうだ。
大陸統一国家は古代魔法文明期に次いで、色々な魔法技術が栄えた時代でもあった。
もちろん、古代魔法文明期はこの世界の頂点とも言える頃であり、それに比べればちょっとどころか何段も格が落ちることになるのだけれど。
それでも現代では到底生み出すことができないような、とんでもない遺産を残している。都市一つを丸々空に浮かべる技術だとか、死霊になっても意識をこの世界の留め続ける方法は、その最たるものではないかな。
まあ、後者の方は現状かなりの問題が発生しているようだし、真似てみたいとは欠片も思わないけれどね。
そんなとんでも超技術がゴロゴロしていた時代の物だけあって、疑似ダンジョンマスターもまたゴーレムなのに人格が生まれてその上成長していくという驚きの性能を有していた。
地下十一階で見かけた時に、やたらと人間臭い動きをしていたのはそのためだったみたい。
ただ、ここで賢い賢い人々ですら予想もしなかった事態が発生する。
長い年月をかけて疑似ダンジョンマスターの人格が形成されて成長したことに合わせるように、迷宮核もまた固有の自己を持つに至ってしまった。
「ふむふむ。でも、迷宮にはダンジョンマスターが最上位者だっていう明確な決まりがあるから、緋晶玉の採掘場からは変更することはできなかった、と」
アコがボクにテイムして欲しいと願ってきたのは、その辺りの事情もあったようだ。
「あの……、その言い様だと、アコはあの状態を嫌がっていた、ということですか?」
「そうみたい。迷宮を広く巨大にしていくのが迷宮核の本能みたいなものなんだって」
「本能をねじ伏せるようにして、緋晶玉を産出するという特定の物事のためだけに迷宮を変化させられていましたのね。それはストレスもたまるはずですわ!」
なんだかミルファがやけにヒートアップしているような……。
確かに不自由という点では共通しているかもしれないけれど、お嬢様の箱入り生活と主導権を奪われた迷宮核では随分と違う気がするのですがね?
「まあ、いいか。別に要求したいことがある訳でもないし、ボクたちと一緒にいる間は好きにするといいよ」
気軽な心持ちでアコに告げたこの一言をボクはとっても反省することになるのだけれど、それはもう少しだけ未来の話になる。
さて、迷宮のことが色々と分かったところで、そろそろ核心に触れるとしましょうか。そう、疑似ダンジョンマスターがあの時に取っていた不可思議な行動のあれこれについて、だ。
アコの話によると……。
「うええ!?ボクたち、じゃなくてボクのことを恐れていたの!?ナンデ?キメラを倒したから?」
ではなく、どうやらその後の罠うんぬんについてショックを受けていたのだとか。
「なるほど。確かにキメラの遺骸を調べなければ魔物が満載の偽物の階層にご案内されるだとか、調べたら調べたでアンデッド化したキメラとの再戦になるとか、極悪なトラップを思い付いていましたものね」
「うう……。思い出しただけで怖気がしてきましたわ……」
いやいや、それほどのことかな?トライアンドエラーを前提にしたものであれば、倒したアンデッドキメラが爆発するとか、即死級の猛毒が吹き出すとかいう展開も考えられますよ。
そう言うと、うちの子たちまで含めたその場にいた全員から、「こいつ、本当に人間なのか?」という目で見られてしまった。
ぐぬぬ……、解せぬ。
「あ、悪辣ですわ。悪辣過ぎますの。まさに悪辣王ですわ……」
ミルファさん、お願いだから人に変なあだ名をつけるのは止めて下さい。
ボクからすればちょっと極端にも思えるほどの過剰反応だったが、彼女たちNPCは命が一つきりの『OAW』に生きる人々だ。死に戻りを前提としたトライアンドエラーの考え方とは根本的に合わない、ということなのかもしれない。
「話を戻すけど、とにかく疑似ダンジョンマスターは地下十階でのボクたちの会話を聞いていて、それで勝手に敗北感に苛まれていた、ということなのね?」
「勝手に……。なんだか身も蓋もありませんわね」
面と向かって本人に言ったことならばともかく、盗み聞きのような形で聞かれていたことにまで責任は持てないよ。




