58 クンビーラに帰ろう
「あー……、つまりそこに転がっている男に操られていたブレードラビットの大群に囲まれていたところを、そのリビングアーマーに助けてもらったと?そして戦いの後で本人の希望もあってテイムモンスターにした、ということか?」
「まあ、ざっくりと言うとそういうことになりますね」
おじいちゃんの質問にコクリと首を縦に振る。
本当は死に戻りしそうなほど危ない目に合ったのだけど、別に不幸自慢をしたい訳じゃないからそのくらい理解してもらえていれば十分だろうと思う。
ちなみにうちの子たちはすっかり仲良くなったようで、エッ君がリーヴの体に飛び乗ったりして遊んでいた。あうう……、ボクもそっちに混ざりたい。
「そうか。クンビーラに戻ってから騎士団も一緒になっての聞き取りがあるだろうから、詳しいことはそこで話してくれ」
うわ、面倒そうな展開。
「逃げようなんて考えるなよ。その方が面倒なことになるからな」
……先手を打たれてしまいました。「なぜバレた!?」とか思っていると、おじいちゃんがボクの顔を指さしている。
あらら、どうやら感情が顔に出てしまっていたみたい。うにゅう……。里っちゃん並みのポーカーフェイスの達人になれる日はまだまだ先のことになりそう。本人に聞かれたら「人を鉄面皮のように言わないで!」って怒られそうだけど。
「よし。それじゃあクンビーラに帰るぞ。ああ、悪いが何人かはそこに転がっている男の連行を頼む」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!あんな説明だけで終わっていいんですか!?」
撤収のための指示を出し始めたおじいちゃんに向かって、一人の男性冒険者が慌てて声を掛ける。近くにいたサイティーさんが小さくため息をついていたので、知り合いである可能性は高そう。
ぱっと見、現在ミノムシ状態となっているおじさんよりも若そうなので、年の頃は二十代前半というところだろうか。
粗暴とまではいかないけれど、考えるよりも先に体が動いてしまうタイプのように思える。会話をした記憶はないので、ボクからすると現状モブ冒険者その一ということになるかな。
「……リュカリュカにも言ったようにクンビーラに帰ってから騎士団と合同で聞き取りが行われることになるだろう。だから、今ここで細々と説明させても二度手間になるだけなんだよ」
普通は何度も繰り返し説明させることで矛盾点などがないかを確認するものなのだけど、おじいちゃんはボクの負担が軽くなるように取り計らってくれるみたいだ。感謝。
「し、しかし――」
「そこまでにするぞい」
それでも納得できなかったのか、なおも言い募ろうとするのを止めたのはゾイさんだった。
「こんな誰に聞かれているかも分からない場所で話す事はできない、ということだぞい」
え?いやそんなもの全くないんですけど。
「この程度の言葉の裏が見抜けないようでは、高等級冒険者になるのは夢のまた夢だぞい」
「そうなの!?」
「あれだけあの腹黒と言い合えるリュカリュカがどうして驚いているんだよ……。まあ、抜け目のない相手なら一人だけを差し向けるようなことはしないだろうからな。どこかでこっちの様子を探っているやつがいないとは言い切れないということだ」
そういう陰謀劇は、ぜひともボクの知らない場所でやってもらいたいです。
それと、裏を探りながらデュランさんと話をしたのは最初の時だけだから!
「もういいな?それじゃあ、改めて撤収だ。何人かはミノムシ男の回収を頼むぞ」
おじさんの扱いが徐々に素敵なことになっているね。同情したりはしないけど。
クンビーラと対立している所の関係者のようだし、何よりいきなり襲ってきたという事実はしっかりと覚えていますから。
テクテクと歩いてクンビーラの街の東門へと向かう。おじさんはというと急造された橇みたいなものに乗せられて、というか括り付けられて引かれていた。
木の枝を組んだだけの簡易な物だから乗り心地は推して知るべし。あ、出っ張っていた石にゴチンと頭がぶつかった。
「うわ、あれは痛そう……」
「たんこぶができるのは間違いなしだぞい」
「それ以前に血が出ていないかしら……」
ボクたちやおじいちゃんにゾイさん、サイティーさんはそんな光景を見ながら最後尾を進んでいた。
時折そんなことを話しながら進んでいたのだけど、おじいちゃんはそれに参加することもなく何やら考え込んでいるようだった。
「どうしたんですか?」
「うん?ああ、リュカリュカか。……お前がテイムしたリビングアーマーなんだが、どこかで見覚えがあるような気がするんだ」
随分とぼんやりした内容だ。その視線の先にいたリーヴはというと、エッ君を肩に乗せて時々小走りになりながら橇の後ろを歩いていた。
「マッシュの森での目撃のこともありますし、その関係ではありませんか?」
サイティーさんの言葉に対して、おじいちゃんは首を横に振る。
「目撃情報とは明らかに大きさが異なっている。どちらかと言えば、あのミノムシ男の方が件の不審者だろうな」
目撃されていた人影は、人間種の平均男性くらいの背の高さだったと言われているそうだ。だからその半分くらいの大きさ、つまりピクミー並みであるリーヴとは違うだろうという訳だね。
うん?ピグミー?
あー!そうか、そういうことだったのか!リーヴはピクミーの人用に作られた鎧だったと考えれば、その大きさにも納得ができる!
うんうん、道理でちっちゃいはずだ。そんなスッキリとしているボクの隣では、相変わらずおじいちゃんがモヤッとしたままだった。
「そういう最近の話じゃなくて、もっと前から、それこそ子どもの頃から知っているような気がするんだよなあ……」
後もう少しで思い出せるんだが、と言って頭を掻きむしるおじいちゃん。
決め手となるものが見つからずにむしゃくしゃする気持ちは分かるけど、あんまり頭皮に痛撃を与えたら禿げるよ?
「ディランが見覚えがあるというのは、アリシア様の鎧だろう」
そこに割って入ってきたのはゾイさんだった。しかも語尾の「ぞい」が消えている真面目バージョンだ。
「それだ!」
おじいちゃんの大声に前を歩いていた冒険者たちが何事かと振り返ったのだけど、サイティーさんの「問題ないから先へ進め」というジェスチャーで、すぐに足の動きを再開させたのだった。
「ディラン様……」
「いや、すまねえ。ゾイの爺に言われてピタッと記憶が合わさったから、つい大きな声を出してしまった」
「それで、アリシア様って誰なんですか?」
サイティーさんにジト目を向けられて頭を下げているおじいちゃんを横目に、ボクはその答えを導きだしたゾイさんに尋ねた。
「アリシア様は、遠いとおい昔に魔王を倒して世界に平和を取り戻したとされる勇者様のことだぞい」
おおう!?
勇者様ですって!?




