498 流されていただけではない
「何やってくれちゃっているんですか」
開口一番にゃんこさんからジト目でそう言われてしまい、「あははははー……」と誤魔化し笑いを浮かべるボク。
法的手段に訴えたと明言した上、アップされた動画は即消去並びにアカウントの凍結という厳しい対応を取っていたことで下火になりつつあったものの、問題自体は未だ継続中だったからね。
そこにまるで燃料を投下するように新たな映像が複数飛び出してきたのだから、彼女としては愚痴の一つや二つくらい言いたくなっても仕方がないという気分なのかもしれない。
「えっと、でも、そちらからのゴーサインも出ていたんですよね?」
その裏には従姉妹様の暗躍があったとかあったとか……。
「ええ、ええ。その通りです。ワタクシたち『OAW』だけでなく『笑顔』運営からも『許可』を出しておりましたとも」
問いかけるとプイッと顔を逸らしながらも答えてくれる。理解も納得もできるけれど気持ち的に収まりがつかない、という感じらしい。
可愛いにゃあ。
それにしてもこれだけ感情豊かに表現をしておいて独立型AIだというのだから、やっぱりとんでもない技術だよね。
さて、アウラロウラさんの言う『許可』とは、ボクたちの演劇の再演に対するものだけでなく、その様子を撮影したローカルテレビ局が放送に使用すること、でもあった。
ただし、後者には放送中必ず『正式に運営からの認可を得たものである』ことが分かるようにテロップを出すことが条件となっていたそうだけれど。
「むしろワタクシたちからのお墨付きがあるということで大手を振って放送できますし、これまでの経緯から話題性も高い。どの局も放送自体は例年通りの反応であったそうですが、ネットの方からは多大な反響があったようです」
なるほど。テレビ放送自体はローカルでも、ネットニュースの方は全世界から視聴可能だものねえ。
母数が多ければそれだけで視聴者も増えるってもんです。
「こちらとしても費用要らずの広告をうてたようなものですから、はっきり言って金銭的なメリットはかなり大きなものとなりました」
広告費実質無料は大きいよねえ。
どれだけ優れた商品を開発しても、誰も知らなければ売れるはずがない。だからこそ営業という仕事が成り立つのであり、売り手はお金を支払ってでも広告をうつのだ。と、中学の時の社会の先生が言っていました、まる。
余談だけど、このローカル放送が行われてからしばらくの間はプレイヤーたちのログイン数が急増しただけでなく、ご新規さんの数も微増を続けることになったそうです。
……ご褒美をくれてもいいのよ?
あ、当然ですがボクたちにもメリットはありましたぜ。
はっはっは。あの里っちゃんがそんな大事な部分を見落としているはずがないのです。
夏休みのお勉強合宿で雪っちゃんに『テイマーちゃん』と『コアラちゃん』が優華と里香であることがバレてしまった。彼女だからこそ気が付いた、と言いたいところだけれど、リアルでの付き合いが長い人であれば気が付く可能性はゼロとは言えないと気づかされることとなった訳です。
そこに今回の違法撮影動画の流出だ。夏の合同イベントの際の動画とじっくり見比べられることで、プレイヤーたちの間にすら「彼女たちが『テイマーちゃん』や『コアラちゃん』なのでは?」という噂が生まれてしまった。
幸いにも隠し撮りをしていたためなのか、映像そのものは決して良いとは言えないものだったことや、運営の苛烈とも言える対応によって噂程度でとどまっていた。
これに対してはあらかじめ騒ぎが大きくなってきた時点で、「あれは私たちではない」的な『テイマーちゃん』及び『コアラちゃん』の声明を運営経由で発表しておいた。
うん?別に嘘は言っていないですよ。
中の人は優華、里香かもしれないけれど、あれはそれぞれリュカリュカ、ユーカリという一個のキャラクターなのだ。リュカリュカたちがリアルのボクたちには絶対になれないように、ボクたちもまた完全な彼女たちにはなることはできないのです。
そうした仕込みに加え、ローカルニュースとはいえメディアに露出するということで二度目の時にはボクたちはしっかりとメイクを行っていたのだった。
いやはや、最近の特殊?メイク技術って凄いね!
完成してみると優華のようであって優華ではない、合同イベントの時の『テイマーちゃん』のようでもあるけれどやっぱりどこか違うという、何とも不思議な人物に変身することになりました。
もう、お分かりだよね。『運営が認可した正規の映像』を大々的に流すことによって違法動画を駆逐すると同時に、『もしかすると『テイマーちゃん』かもしれない人』だった認識を『メイクによって『テイマーちゃん』っぽくなった人』へと上書きしたという訳です。
ちなみにこの時撮影されたものを運営が各局からデータを提供してもらい編集を行った完全版がホームページ上にアップされることになるのだけれど、それはもう少しだけ未来のお話し。
「これで後は盗撮の犯人が捕まれば万事解決ですかね」
「そちらに関しては警察から順調に進展しているというという連絡は頂いていますよ。さすがに今回はその内容までは教えて頂けてはいませんが」
まあ、メイションでボクが襲われた事件とは状況が全く異なっているからね。捜査状況を教えてもらえなくても仕方がない、というか当たり前の話ですな。
「んー……。なにはともあれ、これでようやくゲームに復帰できそうかな」
とりあえず面倒事が片付く目途が立ったということもあって、気分良く体を伸ばしていく。
「そうですね。……と言いたいところですが、リュカリュカさん。そろそろ期末テストが近付いてきているのではありませんか?」
「はぐっ!?」
アウラロウラさんが何気なく発したその一言に、ボクは下手なストレッチで筋を痛めたかのごとく大きく伸びをしたままの姿勢でピシリと固まってしまった。
「な、なぜにアウラロウラさんがそのことを……?」
錆び付いて固まってしまったところを無理矢理動化したようなぎこちない調子で、ネコさんに向かって振り返る。
そんなボクの脳内イメージを読み取ったのか、辺りにはギギギギギ……と不愉快な音が響き渡っていた。うーん、描写が細かい。
「先日からの一件でリュカリュカさんが通っているであろう学校とのやり取りが増えましたもので。その流れで年間スケジュールなども知ることになりました」
ああ、そう言えばうちの学校は、基本的な年間スケジュールをホームページに掲載していたんだっけ。その中にはテスト、定期考査のおおよその期間も含まれていたような覚えがあるわ。




