495 囮になりなさい
里っちゃんの存在を盾にカーテンコールへの出演から逃れたボクだったけれど、残念ながら目立つ運命からは逃れることができなかった。
控室として利用していた部屋まで戻ってきて、さあ、着替えをしようとしたところで、雪っちゃんを始めとしたクラスメイトたち――当然全員女子です――が雪崩れ込んできて捕まってしまったのだ。
「お疲れ様、と言いたいところだけれど優はもう一仕事してきなさい」
「え?なんで!?」
学生会の演劇に出ることは、長谷君に連絡を入れてクラスの皆からも許可を貰っていたし、ぼーっと生きていた訳でもない。だから特に雪っちゃんから叱られるようなことは何もしていないはずなのですが!?
「あのねえ……。二人とも分かっていないようだからはっきり言うけど、……やり過ぎよ」
その言葉に顔を見合わせるボクと里っちゃんだったが、居並ぶクラスメイトたちは同意するように揃って首を縦に振っていた。
彼女たちの話によると、ボクたちの舞台上でのやり取りは派手で凄みもあって評判も良かったのだが、いかんせん話題をさらい過ぎたらしい。
「だから優はその格好のまま校内の目立つ場所をうろついて、里香が逃げる時間を稼いできなさい」
おっふ……。まさか会長たちにお願いしたことがそのまま帰ってくるとは。
これがうわさに聞くブーメランとかいうやつでしょうかね?
「でも、私一人だとそれはそれで変に思われないかな?」
お昼前くらいから長い時間二人でいたので、人によっては里っちゃんとボクでワンセット扱いしている可能性が無きにしも非ずかと思われます。
「そのための小道具を用意しておいたよ」
と言ってクラスメイトが差し出してきたのは、クラスの出し物であるキーホルダー釣りに使用するための、おもちゃの釣り竿だった。
「ああ、なるほど。目立ったついでにクラスの出し物の宣伝をしていると思わせるのね」
「理解が早くて助かるわね。で、優がそうやって囮になっている間に、私たちで里香を囲んで学校の敷地外まで連れて行くから。もしも学外にも人が多くいた時には、一旦私の家にでも避難しておけば、まあ、何とかなるでしょう」
以前にも説明したことがあったけれど、雪っちゃんのお家は学校から歩いて数分の場所にある。ほとぼりを冷ますために逃げ込むにはちょうど良い。
「了解。それじゃあ、後のことは皆にお任せするよ。里っちゃん、最後の最後でバタバタしちゃってごめんね」
「ううん。私も十分に楽しめたから。優ちゃんも無理しないで」
と、こんな風に別れの挨拶を交わした後、人での多そうな中庭へと足を運んだのだけれど……。
「三峰さんじゃん!さっきの学生会の演劇見たよー!」
「大迫力の演技だったよね。当たらないか冷や冷やしちゃった」
「いやいや、だからあれも演出だってば。そうなのよね?」
「というか、あの三峰さんにそっくりだった人誰なの?」
「あれが彼の有名な会長だった方の三峰さんよ」
「へえ。あの人がそうだったんだ。それにしてもすっごいそっくりだったよね。一瞬双子かと思っちゃった」
「ああ、それは私もびっくりした。でもよくよく考えると、学生会の演目によく他校の学生を参加させられたわよね……」
「何事もなく終わったから良かったけど、もし怪我なんかしていたら責任問題で大騒ぎだったかもしれないわね」
「いや、あの、あはははは……」
あっという間に取り囲まれたかと思えば、止まることのないマシンガントークに晒されてしまいましたとさ。
で、こうやって騒いでいれば余計に目立つのは当たり前の話だよね。いつの間にやら二重三重の人の輪に取り囲まれてしまっていたのだった。
うーむ……。これでも十分に囮役は果たすことができているとは思うのだけれど、うちのクラスの出し物の紹介ができないままになってしまいそう。
色々あって忘れそうになっているが、ボクたちも他のクラスや部と同じく、売り上げの上位――とその景品――を狙っているからね。
宣伝できる機会があるなら、大いに利用したいところではあるのだ。
「ところで、どうして三峰さんが一人だけでこんな所にいるの?」
「それよりも私は、その持っている物がさっきから気になっているんだけど?」
おおう、さっそくチャンス到来!この機を逃してなるものか!
それにこれを逃せば、またあの終わりの見えない言葉の銃弾に晒されることになってしまいますから!
「一人でいるのは、「せっかく演劇で目立ったんだから、ついでに宣伝をしてこい」と非情なる命令を受けたからでして。よよよ……」
あからさまな泣き真似をすると、「はいはい」とやる気のない合いの手が入る。うん、もう少し優しくしてくれてもいいと思うの。
まあ、余り悪ふざけをしていられる状況でもないし、聞く耳を持ってくれている間に話を進めようか。
「……というのは冗談でして。こっちのこれはうちのクラスの出し物のキーホルダー釣りで使っている釣り竿ですね」
近くにいた学生からキーホルダーを借りて実演してみせる。
こういう時はあっさり成功するのではなく、わざと少し失敗してみせるのがポイントです。
取れるかどうかのドキドキ感を味合わせるのと同時に、「自分ならもっとうまくできるかもしれないぞ」と思わせる訳だね。
もっとも、これで本当にお客さんが増えるかどうかは微妙なところで、一人でも「ちょっとやってみてもいいかも」という気持ちにさせることができれば御の字というやつでしょう。
「普通のキーホルダーだけじゃなくて、輪っかが小さい難易度が高いものばかり集めたコーナーとか、私たちがプラ板で作ったお手製のキーホルダーを取れるコーナーとかもあるので、興味があったら覗きに来てみてください」
とりあえず、教室に向かってくれるようにお願いしておく。それから先のことは当番となっているクラスメイトたちが彼ら彼女らをやる気にさせることができるかどうかだからね。
他人任せ?ノンノン。役割分担ですよ。
その後は自由時間中だったクラスメイトたちと合流したりしながらも、運動場や部室棟前など人の多い所へ行ってはキーホルダー釣りの実演を繰り返すということを続けている内に、文化祭終了を告げる放送が鳴り響いたのだった。
しかしこの日の一件、いや、あの演劇が火種となって、この後も燻り続けることになる。




