494 舞台4 閉幕
いやはや、まさか一番先に得物として使用していた木の棒がお亡くなりになってしまうとは……。
しかもかなり突然に、だ。ゲームのように耐久度が分かり易く数値化されてはいないとしても、違和感を覚えるなり異音を聞こえるなりと前兆があるものだと思っていたので、この展開はボクたちとしても驚きだった。
まあ、観客やボクたち以外のスタッフたちの方が余程驚いていた訳ですがね。
現に今など、しわぶきの音一つたたないくらいに静まり返っている。体育館の外、運動場の出店の呼び込みの声が一言一句はっきりと聞こえてくるほどだ。
それまでのやり取りから、当たれば怪我では済まないだけの力が込められていると理解はしていただろうと思う。それでも実際に当たったらどうなるのかを鮮明な映像として想像できる人はそう多くいないはずだ。
ところが、それぞれが武器として用いていた棒がへし折れたことで、脆弱だったイメージが補填されてしまった。
恐らく大多数の人の頭の中には、棒の代わりに腕や足の骨が折れてしまった映像が頭の中を流れているのではないかな。
荒事には縁遠いリアルの現代ニポン人にとっては、少々衝撃的なものとなっていそうだ。
これはさっさと話を進めて、観客たちの意識をこちらへと引き戻す必要がありそうね。
加えて、これだけ激しく動き回っただけあって、ボクと里っちゃんの体力と気力も限界に近い。そろそろ幕を下ろす頃合いだろう。
「ふふふ。くくっく。あーっはっはっは!これは愉快だ!いくら同条件に力を落としたとはいえ、ドラゴンと真っ当に打ち合える者がいたとは!」
見事な三段笑いで観客の目を引いておいて、変化したドラゴン役の里っちゃんが物語を進め始める。
「ふふん!人間舐めんな」
「はっはっは。今となってはその啖呵も心地良し。いいだろう。そなたをドラゴンの盟友と認めて、これを授けよう」
上着のポケットから取り出したのは、段ボール切り出した作った巨大な鱗だった。
ガタガタの切り口に不格好な形、止めにムラのある色塗りと、急造感満載の小道具にあちこちから失笑が漏れ聞こえてくる。
ニヤリ。これまたボクたちの、というか演出を考えてくれた演劇部の人たちの目論見通り、戦闘シーンのショックは幾分か以上に和らげることができたようだ。
「遠慮なく貰っておくよ。それと、これからむやみに人に喧嘩を売ったりしないように」
「うむ。よく覚えておこう」
くるりと背を向けて、お互いに上座と下座の舞台袖へとはけていく。
「……はっ!?こ、これは遠い遠い世界の物語。見事ドラゴンを退けた彼女は、やがて世界中に名を知られる冒険者へと成長していくのですが……、それはまだまだ先のお話しです」
ナレーションの言葉に合わせて幕が下りていくと、それに合わせて観客席から拍手が鳴り響いてくる。
「ふう……。何とか無事に終わらせることができましたかね」
「いやいや、無事どころじゃないから!聞いてよ、この万雷の拍手を。演劇部の演目でもここまでの高評価はそうあるものじゃないからね!?」
と、勢いよく反論してきたこちらの方は……、確か演劇部の部長さんだったかな。
「演劇部は毎年の恒例だから、観客の要求値も高くなっているんだと思いますよ」
小道具や大道具に演出の見事さと、少なくともボクの期待値は鰻登りの急上昇中ですから。次の機会には必ず見に行こうと思います。
「それに今回も皆さんや有志の人たちの協力があってこそ成り立ったものだと思いますし」
代役その他諸々にボクたちが飛び入りで参加したとしても、きっと学生会の人たちだけではどうしようもできなくなっていたことだろう。
だけど、それだけ多くの人たちが率先して協力したのは、田端会長を始め学生会役員たちの人望があってのことだと思う。
「あのう……、拍手が全く鳴り止まないんですけど、どうしましょう?」
「カーテンコールまで起きちゃったの……」
困った顔で割り込んできたのは司会進行役の文化祭実行委員の学生だった。
確かに、耳を澄ますようなことをする必要もなく、延々と拍手の音が聞こえてきていた。
演劇部に保管されている映像によれば、彼らの単独公演ならばまだしも、文化祭での演目で拍手が止まらないというのは、実に十年近くぶりのことらしい。
「タイムスケジュールがびっしりだから、延長する余裕がないっていうのも理由の一つなんだけどね」
しかし幸か不幸か、会長の怪我のこともあって本日の学生会の演目は体育館を利用するものの中では最後に回されていた。
「どうする?さすがにこのまま何もしないのはまずいと思うわよ」
文化祭全体の閉会が控えているとはいえ、それにはまだまだ時間の余裕がある。
うん。ここは短時間でも顔を見せておくべきだろうね。
「それなら会長、後はお願いします」
「へ?ええっ!?」
「なんでそんなに驚いているんですか。代役を立てたことで心配している人たちも大勢いるでしょうから、ここは一つ無事な姿を見せて安心させておくべきだと思いますよ。それに、私はともかく彼女は他校の学生ですから、改めて人前に出るのは問題があります」
うむ。我ながら完璧な理論武装だね!
「そう言って、ただ人前に出たくないだけなのでは?」
「……ソンナコトナイデスヨー」
「すっごい片言口調。ここまで行くと怪しさを通り越えて逆に清々しさすら感じられ……、いや、やっぱり怪しいわ」
演劇部部長さんの言い様に、周りにいた人たちも苦笑いです。
とはいえ、演目中ならば演出等のゴタゴタとして見逃してもらえても、終了後に改めて里っちゃんを舞台上に引きずり出すようなことはできないのも事実な訳でして。
「それに私には会長たちがここで時間を稼いでくれている間に、彼女を学外に連れ出すという超重要な使命がありますので」
見る人が見れば『テイマーちゃん』役と変化したドラゴン役を演じていたのが、ボクと里っちゃんだったことはすぐにバレてしまうはずだ。
ただでさえ人気者で今日だって行く先々で人が集まって来ていたのだ。これを逃せば本格的に退散させる機会がなくなってしまう。
「うー……。これ以上学外の人に迷惑をかける訳にはいかないか」
最終的に田端会長が折れてくれたことで、ボクは主役として舞台上からの挨拶という大役から逃れることができたのでした。




