490 好奇心が殺すのは猫だけではない
一通り校内を回ったところで休憩がてら河上先輩たちにのクラスに挨拶へと向かう。まあ、当人たちにはその途中でばったりと出会って、今は一緒に行動しているのだけれど。
なんだかとっても待ち構えられていたような気がしないでもないが、きっとあれは偶然だったのです!
そう心の中で自分に言い聞かせていたら、何故だか里っちゃんに微妙な顔をされてしまっていた。解せぬ。
「ところで、三峰さんはあっちの学校で学生会に入ったんだって?どんな様子なのか聞いてもいいかな?」
木之崎先輩が尋ねたのは、ボクではなくて里っちゃんの方だね。
「そうですね……。一言で言えば上昇志向が強いです。次々と課題を引き受けてはそれを熟していくことを苦に思わない人たちの集まりでしょうか」
わ、わーお……。それはなかなかに個性的な人たちだね。
県内屈指の進学校であり伝統もある学校だ。所属する学生たちにはその自負もあるだろうし、否が応にも周囲からはそれを前提とした目で見られることになる。
そんな人たちの代表ということで気負う部分も当然あるのだろうと思う。常に結果を出し続けることを求められている立場とも言えるかな。
「有能ではある、ことには間違いなさそうね」
「うーん……。走り続けるだけの気力と体力が充填できている時は問題ないけど、何かの拍子に立ち止まってしまうと、突然辛くなってしまいそうかな」
「そうですね。基本的にほとんど挫折の経験がないっていう学生も多いですから、そうなった時のフォローをどうするかが、先生たちが一番頭を悩ませていることみたいです」
それぞれの中学校のトップだとか最上位の成績の子たちが集まっているところだものねえ。中には進学した後で自分は井の中の蛙だったとか、上には上がいると感じる人もいるだろうけれど、それだって全体から見れば少数派になりそう。
「それ、変なエリート意識を持つ人も多いんじゃない?」
「全国模試とかもありますから、さすがにそこまで極端な人はほとんどいませんって」
苦笑しながら答える里っちゃんだったが、ボクとしては、
「あ、やっぱりいない訳じゃないんだ……」
という感想の方が先に出てしまったのだった。
「三峰さん、その手の客観視できずに自分の考え方や物の見方に凝り固まっているようなやからはどこにでもいるものよ。一見そんな風に見えない人から、隠そうとすらしない連中まで色々とね」
「うんうん。それこそ私たちのクラスにだって自分は特別だと思っている鼻持ちならないやつがいるからね」
むしろうちの学校の特進クラスのような環境の方が、特別感があるため他人を見下す傾向に陥りやすいのだとか。
それにしても我慢強い先輩たちが言うほどとなると、相当面倒なお人じゃないかしらん。まあ、絡まれない限りは存在しないのと同じことなので、今すぐに気にする必要はないかな。
うちのクラスは……、まあ、問題ないでしょう。例えキーホルダー釣りという実生活にほとんど役に立たないことであっても、里っちゃんにあれだけの好成績を見せつけられたのだ。
密かに鼻っ柱が伸びていた人がいたとしても、容赦なく叩き折られることになっただろうからね。
おしゃべりしている間にもボクたちの足はしっかりと動いており、『のんびり喫茶ルーム』として開店している先輩たちの教室が見えるところまでやって来ていた。
が、しかし。ボクたちが教室内に入ることはなかった。
「ああ!河上先輩と木之崎先輩!やっと見つかった!」
並んで歩くボクたち、正確には先輩たち二人の姿を見つけた女子学生がいきなり走り寄ってきたからだ。
「ちょ、ちょっと危ないわよ!?」
走る速度こそそれほどではなかったものの、どちらかと言えばおっとりしている方の河上先輩が焦って注意をするくらいに、その人は周りが見えていないようだった。
出し物をしているクラスが少ないのか、幸いなことに三年生の教室が並ぶこの辺りは人通りが少なく、事故が発生することはなかったけれどね。
「助けて下さい。私たちではもうどうしていいのか分からないんです!」
注意を受けたことに気が付いてすらいない様子で、走り寄ってきた女子学生が一気にまくしたてる。相当追い詰められてしまっているのか声は震えており、顔は青ざめて目には涙まで浮かんでいる。
って、この人、学生会の副会長さんじゃないですか!?先日の田端学生会長の一件で他の役員の人共々謝罪に来てくれた人だった。
もっとも、記憶していたのはその田端会長の対抗馬として選挙で学生会長に立候補していたからなのだけれど。
ちなみに、ボクが投票したのも彼女になります。
「とにかく落ち着いて。何が起きたのかを話してくれないと助けることも力になることもできないから」
あはは。河上先輩の中では既に断るという選択肢はなくなっているんだね。こういう懐が深いところが頼りにされる一番の要因なのだろうね。
まあ、毎度のように巻き込まれてしまう木之崎先輩はご愁傷様なのかもしれないが。
パニックになりかけている副会長を落ち着かせながら、詳しい話を聞くために河上先輩たちの教室へと向かう。
さて、このままボクたちはフェードアウトしても良かったのだけれど……。
とりあえず事情くらいは把握しておいた方が何かと便利だろう、という程度の軽い気持ちで同行することにしたのだった。
そしてボクはこの時の判断をとてもとても悔いることになる。
気持ちが落ち着くというハーブティーを半ば強制的に飲ませてから、先輩たちは副会長から話を聞き始めた。
それによると、かれこれ一時間ほど前、体育館のステージの使用を巡ってトラブル――準備等の諸々の不手際で時間が押してしまい、演目の開催時間がずれ込んでしまったらしい――が発生して田端会長がその仲裁に入ったのだが、激高していた当事者たちを抑えきれずに怪我をしてしまったのだとか。
「その怪我は酷いの?」
「いえ。養護の先生によれば軽い捻挫だそうで。しばらく安静にさえしていれば後遺症もなく治るとのことでした」
「そう。それは良かっ――」
「良くないです!あの子、この後に予定している学生会の演劇で主役を張ることになっているんですから!」
学生会の演劇というとあれだね、ボクに主役をやってもらえないかと突然お願いしてきた『テイマーちゃん』をモチーフにしたやつだよね。
そうかー、結局会長本人が主役をやることになっていたのかー。
うわー、なんだかとっても嫌な予感がしてきたですよー……。




