487 すたーとだっしゅ
午前十時。文化祭開始から約一時間が経過しているが、この間ボクたちのクラスは好調なスタートダッシュを切ることができていた。
それというのも、河上先輩や木之崎先輩が友人たちを連れて遊びに来てくれたからだ。
特に男子の先輩たちがさっそくとばかりに高難易度のキーホルダー釣りに挑戦してくれたのが良かった。これが実演を兼ねたいいデモンストレーションとなったようで、次々に参加者が増えていったのだ。
その河上先輩だけど、どうやらボクを自分のクラスに誘っていたことが田端会長と引き合わせてしまう原因になったと気にしていたらしい。その罪滅ぼしという訳ではないけれど、手隙になっていたクラスの友人たちと一緒に訪れてくれたという訳だ。
あんなものは偶然に偶然が重なった結果でしかないから、気に病む必要なんてなかったのだけどね。
何よりあの会長の行動力を考えれば、直接ボクたちのクラスに突撃してくるのは時間の問題だったと思う。
そもそも、あの時点で文化祭当日まで残り二週間ほどしかなかったからね。そちらの意味でも時間がなかった訳でして。
田端会長は「こんな切羽詰まった状況になって部外者を巻き込もうとするなんて!」と、副会長以下学生会役員メンバー全員からこんこんとお説教されたそうです。
そんな風にお客の呼び水になってくれた当の河上先輩たちは、十五分ほどボクたちとお喋りしてから去って行った。
もちろんボクや雪っちゃんはお礼も兼ねて、後ほど彼女たちのクラスに行く事を約束しましたですよ。上手く里っちゃんともタイミングが合えばいいのだけれどね。
先輩たちのクラスは元から売り上げ上位を目指すつもりがなかったそうで、ゆったりと休憩できる『のんびり喫茶ルーム』にしているのだとか。
時期的に早い人だともう受験が始まっているし、所属していた部の屋台への応援もあるためクラスとしては本腰を入れることができなかったのだそうだ。
「三峰さんたちも、このまま特進クラスに進むつもりなら今年と来年の文化祭を目いっぱい楽しんでおくといいわよ」
最後に茶目っ気たっぷりな口調でそう言い残して、先輩たちは行き交う学生たちの波の中に消えていった。
「……まあ、昔から何でもそつなくこなす人たちだとは思っていたけど」
「うん。まさかキーホルダー釣りまでも上手だとは思わなかったね……」
どうして今の最高得点をたたき出してくれてますかね、あの人たちは。
一緒に来ていた男子の先輩たちが揃って肩を落としていたよ……。楽しんでいたことは間違いないけれど、きっと彼女たちにいいところを見せようともしていただろうに。
などと感傷に浸る間もなく、クラスメイトたちに呼ばれて現実に引き戻されることになる。
その頃には学生だけでなく外部の人――と言っても基本的には学生の家族ばかりですが――もちらほらと覗きに来るようになっていた。
パンフレットの出し物紹介欄に「子どもでも遊べます」という一文を入れておいたのが功を奏したようだ。お父さんと息子のほんわか釣り対決とか、ご夫婦によるガチ対決等々、話題性にも富んでいたこともあってお客への声掛けや客引きも楽々でした。
そして、そろそろボクたちの担当の時間が終わろうとする頃、廊下から一際大きなどよめきが聞こえてくる。
聞き耳を立ててみると、きれい、可愛い、美しい、すてきに美少女に美人と容姿を称える言葉がエトセトラ。さらにはお付き合いしたいだとか彼女になって欲しいといった願望ダダ洩れの声も中には混じっていた。
「多分、あの子が来たんだろうな、と思うんだけど……。どうでしょう?」
と予想を口にしてみたところ、
「それ以外にあり得ないわよ」
「むしろ彼女以外にこれだけの騒ぎになる人がいた方が驚くかな」
雪っちゃんを始め同じ中学校出身の子たちが呆れたように返してくる。そんなボクたちを不思議そうな顔で見る別の中学出身のクラスメイトやお客さんたち。
「変装くらいしてもらうべきだったかな?」
「他校の学生は制服着用じゃなきゃ入れないんだから、下手に変装なんてしたら余計に目立つことになるんじゃない」
「……あー、確かに」
うん。目元を隠すだけのサングラスですら、制服と合わせるとなると悪目立ちしそうだわ。
そうこうしている間にも徐々にざわめきは大きくなっていく。大元になっている人物が近付いて来ている、ということなのだろうかね?
「優、こっちはいいから迎えに行ってきなさい。このままだと騒ぎが大きくなり過ぎて、学生会や先生たちが出張らなくちゃいけなくなるかもしれないわ」
漂ってくる空気に張り詰めたものが感じられ始めており、雪っちゃんの言葉もあながち大袈裟とは言えなくなってきた。
これは早急に身柄を確保しないと、ろくに身動きすらできなくなってしまう可能性すら出てくる。
「了解。ちょっと行ってくるよ」
急いで教室を飛び出すと、歩いている人や立ち止まっている人にぶつからない程度の速さでざわめきの中心部へと向かって足を動かす。
あ、こっちは縫いぐるみを景品にした輪投げだ。ほほう、あちらはビーズアクセサリーの体験教室ね。
他所のクラスも色々と趣向を凝らしているようで、スタートダッシュができたとはいえ、このまま逃げ切るのは難しいかもしれない。
って、いけないいけない。今は彼女と合流することを第一に考えないと!
幸いにもと言うべきか、彼女は目立ち話題になる存在なので行き違い、すれ違いになる心配はない。多くの人が向けている視線の方へと、ざわめきが大きくなっている方へと進めばいいのです。
そうしてヒントを辿っていき、教室を出てから数分で人だかりができているのを発見することができた。
件の人物はというと……、とある教室の入り口から少しずれた場所で数名の女子学生を相手におしゃべりに興じているようだ。
周りにいるのもうちの学校の学生ばかりだし、まだトラブルなどは起きていないもようです。
「里っちゃん」
おしゃべりが途切れたタイミングで声を掛ける。
振り向いた彼女は一瞬驚いた表情をした後で、満面の笑みを浮かべた。同性のボクですら思わず蹲ってしまいそうな破壊力抜群の笑顔であります。
あーあー……。運悪く、いや運良くなのかな?ボクと同じ方向にいた男子学生たちがそのお顔を見て硬直してしまっているよ。
「メドゥーサみたいだね」
「再会して早々暴言!?」
がびーん!と効果音が付きそうな様子で驚く里っちゃんは、それでも美人さんでした。




