485 出し物の準備
「優が優のキャラクターの役を打診されるなんて。なかなか面白そうなことになっていたのね。引き受けてみても良かったんじゃない?」
「いやいや、やらないからね!?」
私だけじゃなくてそこから芋ずる式に里っちゃんまで身バレする可能性があるので、下手なことはやれませんってば。
「まあ、仕方がないか。偶然とはいえあれだけそっくりな顔だし。一卵性の双子だと言われても信じられるレベルよね」
あれについては誰よりも当事者であるボクと里っちゃんが驚くことになったのだけれどね。
オカルトチックに「世界の意思が働いた」と言われた方が信憑性を感じられるほどだったよ。
そんな風に先日の出来事をネタにおしゃべりしながら、ある日の放課後、ボクと雪っちゃんは文化祭でのクラスの出し物の準備、即ちプラ板のキーホルダー作りに励んでいた。
聞かれるとまずいことまで口走っていることからも分かる通り、赤の他人が押し入ることができない場所、即ち雪っちゃんのお家の彼女のお部屋にお邪魔させて頂いております。学校から歩いて三分だからね。こういう時には本当に便利だよ。
余談だけれど、雪っちゃんは所属している部の出し物――お好み焼きの屋台だそうです――のお料理教室で初日に合格をもぎ取っており、部活組の割には結構頻繁にクラスの準備にも顔を出していた。
なんだかんだと言いながらも、この子も何気にハイスペックよね。
そして、そんな彼女が目立たなくなってしまうくらい、中学時代は里っちゃんが全てを持っていってしまっていた訳ですが。
「これで二十個目、と……。優の方はどう?」
「私もこれで最後だよ。でも、皆思い切ったよね。子どもたちに人気が出そうな可愛いものを二十個ずつ五種類、全部で百個も用意するなんてさ」
文化祭実行委員の長谷君を中心とした何名かが試してみたところ、キーホルダー釣りには一人当たりそれほど広い面積が必要ではないということが分かった。
そのため、どうせなら時間制限アリのものや難易度が高いもの等々いくつかに分けてみようということになったのだった。
その一つが十歳以下の子ども向けのコーナーで、プラ板のボクたちお手製の物の中から欲しい物が取れるまで何度も挑戦できるというものだった。
「金具部分なしのプラ板だけなら材料費も大したことないしね。もしも余っても近所の保育園とか幼稚園に寄贈すればいいだけだから」
ちなみに、選ばれた五つはクラスメイトの弟妹や近所の子どもにリサーチした結果なので、大外れするということはないはず。
「料金もこっちは安くするんだっけ?」
「ええ。とは言っても形だけに近い金額だけどね。無料にするという話もあったらしいのだけど、一応材料費分くらいは回収するべきということになったそうよ」
真剣な商売ではないが、完全なボランティアやチャリティー事業という訳でもないからね。最低限の必要経費分くらいは確保しないといけないのです。
「これで私たちのノルマ分は終了ね。優はこの後どうするの?」
雪っちゃんに尋ねられて時計を見てみると、もうすぐ五時を指す頃合いとなっていた。
窓から入ってくる光も赤みが強くなっている。これぞ秋の夕方といった風情だ。
「持って帰るのにも邪魔になるから、一旦学校に戻ろうかな」
ボクたちの周りには残ったプラ板や着色用のペンなどが散らばっていた。明日まで借りていて構わないとは言われたけれど、それなりの数と量になるのではっきり言って邪魔だったりする。
それに返却しておけば他の人が使用できるからね。
「了解。それじゃあクラスの方に連絡は入れておくから」
さすがに雪っちゃんは今さら家を出るつもりはないらしい。面倒というより下手に学校に顔を出して部活の仲間に見つかってしまうと、今も続いているらしいお料理教室に強制連行されてしまうからだ。
「焦げたお好み焼きを毎日食べさせられるのは、一種の拷問だと思うのよ……」
と語っていた彼女の目からはハイライトが消えていましたとさ。
「目と鼻の先だから何もないとは思うけど、一応は気を付けて」
「はーい。車には十分気を付けるよ」
もうすぐ逢魔が時だなんて言われる時間となる。
こちらは別にオカルト的な意味合いではなく、こうした日暮れが近い時間帯は夕日が眩しかったり逆に物影がやけに暗かったりするので、事故が発生しやすいのだ。
「それじゃあ、後は任せるから。また明日学校で」
「うん。また明日ね」
玄関先で雪っちゃんに別れの挨拶をして自転車をこぎ始める。
目の端に手を振っているのが映ったので、こちらもひらひらと手を振り返しておきます。
学校に近付くにつれてソースなどの香ばしい匂いが漂ってくる。うーん、この匂いを嗅いでいるだけで急速に空腹度が上昇していきそうです。
すれ違う人の大半はボクと同じようにお腹を空かせているらしく、何とも言えない表情でお腹を押さえていた。
極一部げんなりとした顔の人たちもいたけれど、この元凶となった人たちなので同情の余地はありません。ああ、お腹空いた。
校舎内に入ると今度は学生たちの喧噪や、トンテンカンテンと何かを作っているらしい音が聞こえてくるようになった。
行き交う人たちは皆忙しないながらもどこか生き生きとしていた。こういう行事というのは、本番もさることながら準備をしている期間も楽しいものだからね。
まあ、この雰囲気が苦手という人も結構な割合でいるから、押し付けは厳禁な訳ですが。
そんなことを考えてしまうのは、行事を開催実行する側に立ったことがあるからこその話なのかもしれない。
単なるお手伝いだったボクですらそうなのだから、中心だった里っちゃんや雪っちゃんは色々なことに考えを巡らせてしまうのかもしれないね。
「あれ?三峰さんだ。どうしたの?」
「ノルマを達成したので上納しに参りましたー。ペンとか余った材料とかも返しにきたよ」
「おー、助かるよ。ついでに時間があったりしないかな?大物の方は何とか形になったんだけど、そこの飾り付けがまだ残っていてさ」
長谷君の視線の先には、当日扉の外側に取り付けられるのだろう門が壁に立てかけられていた。
これに段ボールや色紙などで飾りつけをしなくてはいけないのだとか。
「居残り延長申請書の代筆と、購買のコロッケ一個で手を打ちましょう」
「ぐぬぬ……。めっちゃ足元を見られているけど仕方がない。それで頼む……」
おお!らっきー。
冗談のつもりだったのだけど言ってみるものだね!
「なんだと!?長谷がコロッケを奢ってくれるだと!?」
「マジで!?ゴチになります!」
「わあ、長谷君太っ腹だね!」
「ちょっ!?言ってない、全員に奢るなんて言ってないからな!?」
その後、長谷君のお財布が無事だったかどうかは想像にお任せいたしますです。




