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テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記  作者: 京 高
第三十四章 リアルの平凡かもしれない日常

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481 慣れない空間

「お、おい……」

「これ以上は刺激したくないの。悪いけど少し黙っていて」


 後方からの呼びかけに振り返ることなく答える。厳しめな言い方になってしまったけれど、彼らの初手の対応が悪かったことも事実だろうからね。

 蛮勇はお話にならないにしても、動物に対処する時には無闇に怖がり過ぎるのも問題なのです。


「退きなさい。ここはお前がいていい場所じゃない」


 眼を逸らすことなく犬の目を見つめながら諭すように言う。が、興奮してしまっているためか唸るばかりで退く気配は見られない。

 やれやれ。のんびりしていては早めに到着した意味がなくなってしまう。ここは実力行使に出るしかないのかしらん。


「仕方ないね。……ふっ!」


 小さく息を吐くのに合わせてタンと一足で近寄ると、心の中で「ピアス!」と叫びながら箒を突き出す。

 うんうん。ゲームでのアシストなしの行動にしてはなかなかにいい感じとなったのではないだろうか。

 身動きをとれずにいた犬の眼前数センチのところで穂の先端が止まった。


 一口に箒と言っても、ボクが手にしていたのは屋外用の頑丈なもので、穂の一本一本まで固くて丈夫だ。勢いが付けば()を貫通するくらいはできてしまう可能性がある。

 いくら危険だとしても、迷い込んできただけの相手を失明させるのはやり過ぎだと、ブレーキが働いたのだった。


「お前じゃボクには勝てないよ」


 もう一度睨み付けながら言い聞かせると、毛を逆立てて猛々しく立てていた尻尾がしおしおと萎んでいった。

 どうやらようやくどちらが強者なのか理解させることができたようだね。

 そのまま尻尾を丸めると、そそくさと植木の陰に逃げ込んでいったのだった。


「ふう。後は先生なり保健所の人なりが何とかしてくれるかな」

「え?追い払わなくていいのか?」

「何ですか、そんなことをすればさっきの二の舞になるのがオチですよ。大人しくしているのだから、素人は下手に触らず専門家や担当の人に任せるのが賢明ってものです。あ、これの片付けはお願いしていいですか?どこから持ってきた物なのか知らないので」

「あ、ああ。分かった。こっちで片付けておく」


 差し出した箒も受け取ってもらえたことだし、さっさと教室に向かいましょう。

 直前の復習ができたかどうかでも、テストへの心持ちも大きく変わってくるからね。なまじ夏休み明けのテストの結果が良かった分、今回もそれを維持する必要があるのです!


 気合を入れ直そうとした瞬間、鼻の奥がムズムズとし始める。


「は、……はっくちゅん!」


 ふわ!?持病の癪ならぬ、動物アレルギーが!?

 両親に比べると軽度とはいえ、このままの状態でテストに臨むのは辛過ぎる。とにかく顔を洗わないと。


 時折出るクシャミに歩みを止められながらも、ボクはそそくさとその場から立ち去ったのだった。



 まあ、それで終わるはずもないんですけど!

 朝の早い時間と言っても、校庭という人目に付きやすい場所だったこともあって、この件はあっという間に学校中に広まってしまったのだった。


 結果的に助けることになった学生たちが揃ってわざわざお礼を言いに来たことも、それに拍車をかけることになった。

 テスト期間中でそれどころではない学生が大半だったから良かったものの、そうでなければボクの周囲には休み時間ごとに黒山の人だかりができていたかもしれない。


 それでもクラスメイトだとか一部の知り合いからは質問攻めにされることになってしまったのだけれど。

 河上先輩なんて初日はテストそっちのけでボクたちの教室に通っていたほどだ。それなのに学年トップレベルの成績を維持していたというのだから、世の中色々と間違っていると思います。


 余談ですが、全員ボクとは異なる中学出身で二年の先輩たちでした。

 道理で見覚えがなかったはずだよね。


 当然先生方の耳にも入っていて、事情聴取ということで根掘り葉掘り事細かく尋ねられることになってしまった。

 テスト期間終了後だったのは、せめてもの恩情だったのかもしれない。もっとも、時間が空いてしまったせいで記憶の方はかなり薄れてしまい、うろ覚えになってしまったのだけれど。


 あの犬はというと、保護された後に無事に飼い主の元に届けられたそうです。

 さ迷っていた時のことが影響したらしく、それまでは我が儘でヤンチャだった性格が一転して、すっかり大人しくなってしまったのだとか。

 きっと餌が取れずにひもじい思いをしたのが堪えたのだろう。

 一時は箒を見るたびに怖がっていたなんて話は知りませんね。


 さてさて、肝心のテストの結果ですが……。自己採点によれば何とか夏休み明けの時と同水準くらいは維持できたので一安心というところだ。

 これで心置きなくゲームを、


「優、いい加減に河上先輩のクラスに顔を出しておきなさいよ」

「あ、三峰さん!明日からは文化祭の準備を始めるからよろしくねー」


 やることはできなさそうです。ええ、ええ。分かってましたとも!

 教室を出たところで部活へと向かう雪っちゃんと別れて三年生の教室へと向かう。


 うへえ……。何度来てもこの上級生たちの空間には慣れないわ。単なる思い込みなだけなのだろうけれど、どうにも自分がとんでもなく場違いな所に迷い込んでしまった感があるのよね。

 すれ違う人たちからもやけに見られているような気がするもの。


 やっぱりわざわざ会いに行く必要もなかったのではないかしらん。

 ここ数日ほとんど毎日のようにボクたちのクラスに遊びに来ていたので、河上先輩自身とは顔を合わせていた訳だし……。

 そんな後ろ向きな気持ちになりながらも、目的の教室に向かって――気持ち早足になりつつ――歩みを進めていったのだった。


「えーと、失礼します。一年の三峰ですが、河上先輩はいらっしゃいますか?」

「え?三峰?……あ、ホントに三峰さんだ。いらっしゃい。久しぶりねー」


 ちょいちょいと手で招かれたので、改めて「失礼します」と告げてから教室内へと一歩足を踏み入れる。


「お久しぶりです。木之崎先輩も同じクラスだったんですね」

「そうなのよ。こうなるともう腐れ縁よね」


 アハハと笑うこの人は木之崎美沙都(きのざきみさと)さん。河上先輩と同じく中学時代からの知り合いです。

 数字にめっぽう強くて、その特技を請われて生徒会では会計を務めていた。

 あの里っちゃんをもってして「あの人には計算勝負では勝てない」と言わしめたほどと言えば、その凄さが分かってもらえるかな。


 ちなみに、うちの学校は各学年で一つずつしか特進クラスがないため、成績上位者は必然的に同じクラスに集められることになる。

 つまり、成績一桁が常連の二人は当然のように同じクラスになるという寸法だ。

 だから実は腐れ縁も何もなかったりするのよね。


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