480 テスト初日の朝
リアルでお昼ご飯を食べて再ログインしたものの、森の外に続いているだろう――続いているといいな。続いていて欲しい。続いているんじゃなかろうか……――道を発見したところで日曜日の午後は終わってしまったのでした。
うちの子たちとわちゃわちゃしていたのが時間切れとなった原因ではアリマセンヨ?
まあ、へっぴり王子たちと遭遇する段階で『ファーム』へと退避させたままとなっていたので、ご機嫌取りが必要になったのは間違いではないけれど。
結局、おじいちゃんたちの安否がはっきりするまでは、やり直しをするのは一旦保留することにした。二進も三進もいかなくてゲームオーバーになってしまったならばともかく、進んでリセットを選択するのは、これまでの自分を否定してしまうようで怖くなってしまったからだ。
それに、どこまで遡らされるか分からないこともある。
さすがにもう一度クンビーラを出発するところからやり直しとなるのは勘弁してもらいたいところ。もちろん、おじいちゃんとおばあちゃんの命には代えられないので、仮に最悪の展開になっていた場合にはリセットを行うつもりです。
そんな決意を固めてはいたけれど、そこに辿り着くのは一体いつのことになるやら……。
少なくとも中間テスト本番までの約二週間は勉強漬けになるだろうし、その後は開催が近づいている文化祭の準備に本格的に取り掛からなくてはいけないだろう。
特に、ボクのように部活動をしていない帰宅部員は集中的に駆り出されることになるらしい。河上先輩が直々に教えてくれたことなので間違いないはず。
河上先輩といえば、以前から彼女の教室に遊びに来るように誘われていたっけ。
文化祭当日は元より、準備期間中にでも一度顔を出しておくべきかもしれない。何だかんだと気にかけてくれているし、今回のように色々と教えてくれたりもしているからね。
どうしてこんなに気に入ってもらえているのか、未だに良く分からないのだけれど。
ちなみに、雪っちゃんたち部活動参加組はそちらの出し物の準備にも強制連行されることになるという話だった。
うちの学校の場合、部の出し物は伝統的に食べ物系の屋台が多く、『短期集中お料理教室、失敗作は自腹で処分よ(はぁと)』が学校内の各所で行われるそうです。
そのため放課後にはお腹が空く匂いが充満すると同時に、「懐が少なくなってピンチ!?」とか「でも、お腹周りは増えてピンチ!?」な学生の嘆き節が聞こえてくるのが、すっかり季節の風物詩となっているのだとか。
なんて嫌な風物詩なんだ……。
もっとも、そんな面白おかしい文化祭シーズンに突入するためには、恐怖の中間テストを乗り越えなくてはいけない訳ですが。
しばらくは携帯端末に出張させてきたエッ君たちと、こっそり触れ合うだけの日々になりそう。
すっきりとイベントを一段落させて、しっかりと勉強に集中できるようにするつもりだったのになあ……。余計に気になる展開でおあずけをされてしまった気分ですぜ。
あんなことをやらかしてしまったのは、そんな風にストレスを溜めてしまっていたからだ、と思いたい。
それは中間テスト初日の朝のことだった。早めに教室に入って落ち着いて最後の復習をしておこうと考えたボクは、いつもより少し早く学校へと到着していた。
同じようなことを考えていた何人かの顔見知りに挨拶しながら、自転車置き場を出たところで、
「きゃああああああ!!!?」
絹を裂いた――本当にそんな音が発生するなら、結構ホラーではなかろうか?――ような甲高い悲鳴が学校の敷地内に響き渡った。
何事かと目を凝らして見回してみると、校庭の隅、ここからさほど離れていない場所で数名の男女が身を寄せ合うようにして集まっていた。
あら、まあ、不純異性交遊はTPOをわきまえて頂かないと。
早朝の学校でしかも複数人でなんて、TにもPにもOにも引っ掛かってすぐさまPTAの出動になってしまいますわよ。
……などという悪趣味な冗談はさておき。
「来るな!こっち来るなよ!」
男子学生の一人がそう叫びながら何かを牽制している。もしや猪か何かが紛れ込んできたのか?と思いきや、現れたのは田舎の学校あるあるな野良犬だった。
しかし、たかが野良犬と侮るなかれ。そいつはいわゆる大型犬と言われるサイズで、圧し掛かられれば大の大人でも簡単には振りほどけないだろう立派な体格をしていたのです。これは怖い。
後から判明したことだけれど、この犬は飼い犬で数日前に飼い主が散歩中に少し目を離した隙にいなくなってしまっていたのだそうだ。
しかし野生力の低い飼い犬が自力で獲物を仕留められるはずもない。空腹でうろついていたところを学生たちと遭遇してしまい、双方が恐怖からのすれ違いでこんな騒動へと発展してしまったらしい。
「くるな!近付くな!」
先頭で対峙しているもう一人の男子学生が箒を振り回している。でも、屋外用の大きな竹箒なのでその重さに振り回されているという方が適切かもしれない。
ほら、柄の長さと同じくらい穂が大きいアレです。落ち葉集めなどには便利なのだけれど、いかんせん重いのよね。
そろそろ校内にいる先生たちにも連絡が入っている頃だろうけれど、到着にはまだ時間がかかりそう。
このままだと誰かが怪我をしてしまうかもしれない。そんなことを思いながらボクの足は自然とそちらの方へと向いていた。
「怖いのは分かるけれど、そんなやり方だとかえって挑発することになるよ」
実際、その様子を睨みつけるようにして犬は「グルルルル」と低い唸り声を出していた。
「貸して」
「え?」
てくてくと近寄り、男子学生から有無を言わさず竹箒を取り上げる。
うん、やっぱり重い。その上重心が悪いので振り回すのにはつくづく向いていないと分かる。
箒だし、当たり前の話ではあるのだけれど。
「まあ、扱えないことはないかな」
サイティーさんから短槍の扱い方を習った時のことを思い出す。左手で穂の手前を、右手で柄の端を持ち、右足を一歩下げて半身になって立つ。
向かい合ってみると個体の大きさのほどがよく分かるけれど、マーダーグリズリーに比べればどうってことはないね。




