48 圧勝、そして剥ぎ取り
「それじゃあ、魔法で先制攻撃を仕掛けるのと同時に、エッ君はあいつらの方へと走って行ってね。ボクもすぐに追いかけるから」
この時、ボクはもっと彼我の戦闘力というものを考えておくべきだった。
「【アクアボール】!」
MPが減るかすかな倦怠感を代償に、伸ばした両手の前にバレーボールほどの水の球が生み出される。
オーバーロードは使用していない通常のものだ。消費MPは二だから、十五発撃てることになる。MP枯渇の状態異常になるからやらないけど。
ちなみに、訓練場では威力半減の消費MP一で練習していた。ゾイさんいわく、「そっちの方が効率がいいんだぞい」だそうだ。
「いっけえ!」
ぶんと腕を振って水の球をトゥースラットたちへ向けて放り投げる。狙い違わず目標にしていた一番手前にいた一匹に見事命中!
「ヂュヂュー!?」
濁音混じりの可愛くない悲鳴を上げて動かなくなる目標の個体。
「あ、あれ?」
と、ボクが戸惑っている間に、近付いていたエッ君が残り二匹に続けざまに回し蹴りと尻尾アタックを叩き込んだ。
「ヂュブフ!」
「ヂュウ!」
【アクアボール】の飛び散る範囲攻撃を受けていたこともあり、その二匹もエッ君の攻撃を受けただけでHPが全損してしまったのだった。
「うわあ……。やっておいてなんだけど、すっごい瞬殺だったんですけど……」
これは後からおじいちゃんに聞いた話なんだけど、熟練度が二十前後の攻撃であれば、例えレベル一でもトゥースラットくらいならば一撃で倒せてしまうものなのだそうだ。
ボクがようやっと【ピアス】を習得できたと喜んで報告していたので、他の技能も軒並みそのくらいなのだと思っていたのだとか。
ともかく、やってしまったものは仕方がない。エッ君も「凄いでしょ!」と言わんばかりに褒めて褒めてオーラを出しているし、ここは素直に初勝利を喜ぶことにしよう。
「こんぐらっちゅれーしょん。エッ君、やったね!」
抱き上げて撫でりこなでりこと撫で回す。時々くすぐるのはご愛嬌。
一通りエッ君を誉めてから倒した魔物の解体へ。デフォルメ化したネズミを巨大にしたようなトゥースラットだけど、短剣並みに鋭い歯を持っていることもあって、可愛いとは思えない造形だった。一番の理由はその大きさなんだろうけど。
「えっと……、解体するには初心者用ナイフをプスリと刺して『解体』を宣言すればいいんだっけ?」
初期状態の簡易解体設定ではそれだけで良かったはず。倒した瞬間にアイテムが取れる短縮設定もあるけど、そちらはさすがに身勝手なように感じてしまう。
ちなみに、リアリティを求める人向けに、皮を剥いだりはできるようになっているのだとか。内臓関係に関しては倫理面と技術面――要するに、設定するのが大変過ぎたらしい。ドラゴンの体内のつくりとか想像できないしねえ……――の両方から解体不可となっているそうだ。
アイテムボックスから懐かしの初心者用ナイフを取り出して、プスリ。
するとナイフを刺したトゥースラットは、薄く溶けるようにして消えていってしまった。
《『灰色鼠の毛皮』を手に入れました。魔石は極小のため砕けてしまいました》
毛皮の方は、冒険者協会の資料室で調べた通りの一般的なドロップアイテムだ。魔石はレアアイテム扱いなので取れなかったらしい。
もう一つのレアアイテムである鋭歯については触れられてもいないのはどうして?
気になったので、今度はプスリする位置を変えてみることにした。
「う……。ゲームの中でデフォルメされているとしても、頭や顔にナイフを突き立てるのは抵抗があるなあ……」
思いっきり魔法をぶつけて倒したくせに、今さら何を言うかと怒られそうだけど、リアルでは平和な現代ニポンで暮らしている身としては、やっぱりキツイものがあります。
だけど、ボクたちの生活が他の命の上に成り立っているのだということを実感するのにも役立ちそうではあるね。
「ふう」
一旦ナイフを地面に置いて、両手で頬をパシンと叩く。気持ちを入れ替えると意を決してナイフを二匹目の頭へと刺す。
すると、
《『灰色鼠の毛皮』を手に入れました。『鼠の鋭歯』は折れていました。魔石は極小のため砕けてしまいました》
先ほどとは違うインフォメーションが流れた。どうやら簡易解体設定の場合、ナイフを刺した位置によって説明が異なってくるらしい。
三匹目は再び胴体部分をプスリしたのだけれど、毛皮だけでなく鋭歯もドロップしていたので、取得できるアイテムに違いが出るということはなさそうだ。
「これは戦闘そのものよりも精神的にしんどいかも……」
短縮設定さん、身勝手だとか思ってしまってゴメンナサイ。
これは確かに需要がある設定だと思う。だけど、しばらくはこのまま簡易設定で続けようと思う。まあ、それこそただのエゴなのかもしれないけれど。
余談だけど、一応は手間暇かけて解体を行った方がアイテム取得率は上がるようになっているとのこと。ほんの数パーセントだけど、里っちゃんによると「その数パーセントが大きいんだよ!」ということらしい。
さらに〔解体〕の技能があれば高品質なアイテムに変化することもあるのだとか。これは通常よりも高値で売れたり、加工した際に補正が付いたりするそうだ。
「ん?心配かけちゃったかな?ごめんね」
精神的な疲労を感じていることを察知したのか、エッ君が心配そうに寄り添っていた。
再びワチャワチャと全身を撫で回したのは、この子の心配を取り除くためだったのか、それともボク自身が気持ちを切り替えたかったのか。自分のことながら良く分からなかったのだった。
「さあ、時間はまだまだあることだし、どんどん採取をしていこう!」
それから午前中いっぱいをかけて六カ所のポイントを発見して、コナルア草を二十七本にポイポイ草を十三本、ついでに雑草を五十五本採取することができたのでした。
一方、魔物の方はというと、先ほど呆気なく倒したトゥースラットだけでなく、ブレードラビットも登場していた。
茶色い野ウサギっぽい外見だったけど、五十センチ近い剣状の耳はまさに凶器だった。しかも目は血走ったような赤色で、はっきり言って可愛げの欠片もなかったのだった。
まあ、一番の要因は中型犬ほどもあるその大きさにあるのだろうけれど。
今のボクたちの敵ではなく、サクッと経験値やアイテムへと変わってしまうことになるのでした。




