476 入り口側の通路
目にも止まらぬような速さで回り込んだおじいちゃんたちは、自らの得物で正面から兵士たちの攻撃を軽々といった調子で受け止めていた。
「ディラン様!」
「お師匠様!」
その様子にミルファとネイトが歓喜の声を上げている。二人とも彼らがどこかおかしいとは感じ取っていただろうからね。ようやくいつも通りの姿を見ることができて、ホッとしたというところではないかな。
対して、ボクを含めて詳しい事情を知る者たちは、驚きにお目々を真ん丸にすることになっていた。特に実際に動きを止められている兵士たちの衝撃は大きかったもようです。
まあ、半分生きる伝説みたいな扱いをされている二人だからねえ。
リアルで例えるなら「キング」とか「レジェンド」といったあだ名が付いている超有名スポーツ選手に、その人たちの専門得意分野で喧嘩を売ったようなものだ。
いやはや、兜に隠れて良く見えないけれど、今頃顔面蒼白になっているのではないかしらん。
へっぴり王子?ボクのビンタでふっ飛ばされた影響もあって、未だに床の上で呆然自失となっているよ。虚ろな顔で恨み言を呟き続けているのであれば危険だけれど、「あうあう」と言葉にならない台詞を口走っているだけだから放置していても問題はないでしょう。
この調子だと、あの人がこの一件の首謀者という展開はなさそうに思える。大方、ローブの人物に上手く乗せられたというのが正解の予感。
それに加えて王子を邪魔に感じていた派閥の思惑なども絡んでいたのかもしれないね。
もっとも、そちらの方は彼が公衆の面前でやらかした隷属の首輪装着事件によって、きっと手酷いしっぺ返しを受ける羽目になっていることだろうけれど。
……おっと、そうだった!
隷属の首輪のことですよ!
「おじいちゃんもおばあちゃんも、隷属化されていたんじゃないの!?」
「おいおい。いくら歳を取ったからと言っても、あんなものに縛られるほど柔な鍛え方はしていないぞ」
「そうだねえ。新品同然の物なら危なかったかもしれないけど、あれだけ劣化した代物に捕らわれるほど耄碌はしていないつもりだよ」
ああ!劣化ね!
そういえば〔鑑定〕で調べた時にも、高レベルの相手には効かないと表示されていたのでした!
二次上位職に就いているはずのおじいちゃんたちは、最低でも五十レベルとなる。具体的な数値は分からないけれど、世間一般で見れば間違いなく高レベルの存在ということになるので、隷属化が発揮されていなくても当然という訳ですな。
あれ?それならどうして首輪を装着させられて、しかも隷属化されていたかのように振る舞っていたのだろうか?
「抗議をする正当な理由をあちらから持ち出してくれたんだから、利用しない手はないってものだよねえ」
「それに俺たちには効かなくても、お前たちひよっこを縛るには十分な代物だ。いつまでもそんな危なっかしい代物をバカどもに持たせておく訳にはいかん。だから一番手っ取り早く回収できる方法を取らせてもらったんだよ」
うわあ……。確かに反撃のための有効な手立てにはなるし、あらかじめ使用させておくことで切り札にさせないという利点もある。
でも、万が一という可能性があったかもしれないと考えると、ちょっと自信過剰だったような気もするなあ……。
ちなみに、こうやって会話をしている最中もおじいちゃんたちは兵士たちの動きを抑え込んだままだった。単にお互いの武器を接触させているだけのように見えたのだけれど、実際には絶妙な力加減でその状態から逃げられないようにしていたのだとか。
「という訳で、ここは俺たちが押さえておくから、お前たちは逃げろ」
「はい?」
いきなり何を言い出すのかな、この人は。
「おじいちゃん、もしかして呆け――」
「呆けとらんわい!お前もあの魔法使いの実力は垣間見ただろうが!」
速攻でかぶせてきた!
それはともかく、あのローブの人物はおじいちゃんが警戒するほどの力量の持ち主だったみたい。始めて見た時に感じたプレッシャーは間違いではなかったということか。
「あれは危険だよ。もしかしたら私ら二人でも手こずるかもしれないねえ」
それでも負けるとは言わないのね、おばあちゃん。
「あいつが戻ってくる前にここを離れろ」
「地下に潜ってきたのは私たちだけだからねえ。地上までは問題なく出られるはずだよ」
「そ、そんな真似を我らが許すと、ぐわあっ!?」
「そういう台詞は俺たちに勝ってから言うんだな」
反論しようとした兵士その一?だったが、あっさりと沈黙させられることになり、それに気を取られてしまった隙を突かれて残る一人も床へと倒れ伏すことになったのだった。
「ボクたちも一緒に戦う……、のは無理なんだよね?」
「心躍る話だけど今回に限っては無理だねえ。お前さんたちに気を回しながら戦える相手ではなさそうだ」
「悪いが、はっきり言って足手まといだ」
事実を告げる二人の言葉が胸に突き刺さる。こんなことならばもっと強くなっておくのだった、という後悔が溢れ出てきそうになるけれど、だからこそ立ち止まってはいられなかった。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、死んじゃダメだからね」
「おう。そっちこそ気を付けろよ。少し離れた場所でこいつらの仲間が寝泊まりできる準備を整えているはずだからな」
なるほど、王子が出張ってくるとなると少人数という訳にはいかないわよね。
すたすたと二人の横を通り抜け、呆気に取られているミルファたちと合流する。
「行こう。ここに残っていてもボクたちにできることは何もないよ」
「で、でも、リュカリュカ……」
「大丈夫。あの二人が負けることなんてない」
果たしてそれは誰に言い聞かせたものだったのか。
ミルファとネイトの手を引くようにして、その場を後にしたのだった。
ボクたちが進んできた非常用通路とは違って、入り口側の通路には魔物が潜んでいた。
と言ってもケイブバットやボールスラッグといったトゥースラット並みに弱い連中ばかりだったので、苦戦するようなことはなかったのだけれど。
それよりもどうやらこちらの地上側の出口は土に埋もれていた訳ではなかったようだ。
間仕切りをされた作業用スペースからもかなりの距離を歩かされているので、集落跡から離れた場所にある崖の裾に開いた洞窟のような状態なのかもしれない。




