474 あーくーりょーうー
『劣化した隷属の首輪。古代魔法文明期の遺物であり、装着させることで意識を封じる首輪。さらにあらかじめ所有者登録をしておくことで強制的に命令を実行させることもできる。が、長い年月で劣化しているため高レベルの相手には効果を発揮できなくなっている』
ええ、ええ。冗談を言っている場合ではない、割と本気で危険な代物でしたわよ。
むしろおふざけをしていないとパニックを起こしかねないほどの衝撃だった。
そしてそれが治まってくると、次に湧き上がってきたのはとてつもない大きさの怒りの感情だった。
「殿下、お下がりください!」
いち早く対応したのは兵士っぽい二人だった。一人が剣を抜き放って構えると同時に、もう一人が派手鎧男性の腕を引いて後方へと誘導したのだ。
へえ……。こんな場所にまでやって来るだけのことはあってちゃんと優秀な人材のようだね。
彼らの対応を見たことで急速に頭が冷えていく。もちろん怒りの感情自体は残っているのだけれど、周囲の状況に気を払うくらいのことはできるようになっていた。
一方、ディランとクシア高司祭は、一瞬肩をピクリと動かしたようにも見えたのだけれど、それ以降は何の反応も示すことはなかったのだった。
よく分からないのはローブの人物だ。緩慢な動きはおじいちゃんたちと同じなのだけれど、服装のせいで肝心の首輪をされているのかどうかが判別できなかった。
ついでに、ボクだけが感じ取った謎のプレッシャーのこともある。ここは一旦敵対勢力の一人と認識しておいて、その動向を注視しておくべきかな。
「お前たちは何者だ!この地に憑りついた悪霊の類か!」
剣を構えた兵士その一が誰何の言葉を発する。
が、それに応える者は誰もいなかった。
後から冷静になって考えればボクたちに向けられた台詞だと分かるのだけれど、この時は色々な感情が胸の内で渦巻いており、しかも悪霊と勘違いされるとは思ってもみなかったので。
特に後半。パッと一目見ただけなら勘違いするかもしれない。実際にボクもそれを利用して悪戯じみたことをしているしね。
だけど既に彼らと対峙してからそれなりの時間が経過している。少し観察していれば、扉の陰から顔だけ出していることに気が付いても良さそうなものでしょう。
少しばかり上昇していた兵士たちの評価があっという間に下落してしまった。
もっとも、隷属の首輪なんて非人道的なアイテムを使用している時点で、最低値を更新し続けているとも言えるのだけれど。
「答えろ!お前たちは何者だ!」
再度の誰何でようやくそれまでの言葉がボクたちに向けられていたものだと気が付く。
さて、どう返すべきかな?無言でミルファたちと顔を見合わせていると、またもや遠くから小さな悲鳴が聞こえてくる。
派手鎧の人たち、未だにボクたちのことを首だけのお化けか何かだと思い込んでいるらしいです。本当によくそんな有様でこんな地下の探索に乗り出してこられたものだと呆れてしまうね。
ちなみに、下からネイト、ミルファ、ボクの順番となっております。
アイコンタクトの結果、ミルファもネイトもこの場はボクに任せてくれるらしい。どうやら先ほど声を出してしまい、こちらの居場所が発見された事に責任を感じているもよう。
後、おじいちゃんたちの様子に困惑しているという部分もあるのだろう。隷属の首輪の件に関しては一旦ボクの胸の内に止めておくのが無難かもしれない。
「おーまーえーたーちーこーそ、なあにもおのだああああ」
訳、お前たちこそ何者だ。
せっかくなのでお化けの真似を続行することにしました。
ふざけている?ノンノン。いたって真面目でございますよ。
こちらの正体を悟らせずに向こうの情報を得る方法があるのならば、積極的に利用していくべきなのです。
「わ、我らは土卿王国ジオグランドの特別調査団の者だ!そしてこちらにおわすのが名誉団長であるロック第六王子殿下である!」
兵士その二に紹介されて胸を張る派手鎧男性改めロック王子。しかし、へっぴり腰なのはそのままだったため、かえって情けない体勢になってしまっていた。
それにしても随分と派手な格好をしていると思っていたら王子様だったとは。ちろりとミルファに視線を向けてみると、小さく顔を横に振っていた。
まあ、六番目だしね。国内ならばともかく、国外にまで名前や顔が広がるにはよっぽどの功績を上げないといけないだろう。
つまりはまあ、今のところはその程度の御方ということです。
問題は、そんな微妙なラインの人を投入してきたため、土卿王国の本気度合いが今一つ測りきれないということかな。
順当に考えれば失敗した時の責任を彼や彼の取り巻きに押し付けるためだとか、そもそもが反ドワーフ派の貴族たちの暴走だったなどが考えられる訳ですが、逆にドワーフの里を食い付かせて何かしらのアクションを起こさせるための餌や捨て石、もしくは布石であるという線もないとは言い切れないと思うのよね。
その辺りをに探りを入れるためにも、やって来た目的を聞き出してみましょうか。
「なあにゆええ……、わーれーらーのー、ねむりをー、さあまたあげえたああああ」
訳、なにゆえ我らの眠りを妨げた。
「そ、それはこの地に貴様らドワーフが隠したという秘宝を、ジオグランド王家という正当な持ち主の元に取り返すためだ!」
「ひーほーうー?」
「ご、誤魔化そうとしても、む、無駄だぞ!ドワーフの里の連中からも証言を得ているのだからな!」
連中にはおばあちゃんが同行?しているのでドワーフの里を経由してからやって来たというのは想定の範囲内だから。知りたいのはその秘宝の中身の方なのよ。
まあ、十中八九緋晶玉のことなのだろうとは思うけれど。むしろ今さら違うアイテムが出てきたら「ええーっ!?」ってなるよ。
この先どう言ってへっぴり腰王子たちから情報を引き出してやろうかと考えていると、突如悪意が大量に入り混じった敵意が膨れ上がるのを感じ取り、頭の中に警報が鳴り響く。
「……危ないっ!?」
こっそりと〔警戒〕技能を使用しておいて正解だったね。などと思う余裕もなければ悪意の出所を探る時間もなく、ミルファとネイトを上から押しつぶすようにして強引に伏せさせる。
「あうっ!?」
「きゃあ!?」
ボクはといえば二人の悲鳴を耳にしながら、その勢いのまま扉の陰から転がり出るようにして何かから緊急回避です。
上下が逆転した視界の中で、ボクたちの頭があった位置を赤い光が通り過ぎていくのが見えた。




