464 あの言葉
埋まっていた金属製っぽい何かの上面を掘り返し終えたは良いものの、肝心の非常用通路へと入ることはできないままとなっていた。
「出口と表示されたから、てっきりミルファが言ったように扉だと思ったんだけどなあ……」
その表面は土の中に埋まっていたためか腐食してざらついたり凹凸ができたりはしていたのだけれど、スイッチのようなものは一切存在していなかった。
「もしかすると扉ではなく、その通路を封じるなどして使用できなくするための蓋だったのでしょうか?」
ネイトの予想にあり得そうだと思った反面、心のどこかではどうにも腑に落ちないしこりのようなものをボクは感じていた。
「うーん……。でも使うことができないようにするだけなら、こんな面倒なことをしなくても土で埋めてしまえば良くないかな?むしろ蓋をすることで通路を保存しようとしたようにも考えられる気がする」
「確かに、そういう考え方もできますね」
予想を否定されたというのに、ネイトは特に気にする様子もなくボクの言葉に賛同していた。
自分の意見に固執し過ぎることなく、柔軟に物事を思考できるのは数ある彼女の美点の内の一つだと思う。
「ミルファはどう思う……、って、何をやっているのさ?」
さらなる意見を聞いてみたくなって声を掛けた相手は、件の金属の上に立って手にしたスコップの先端であちこちをカンカンコンコンしていた。
その様子を興味深そうにうちの子たち三人が穴の縁から見下ろしているね。
「この金属にどれくらいの厚みがあるのか、そしてこの下に空間があるのかどうかを、音を聞いて確かめているのですわ」
そんな答えを返してきたミルファによると、叩いた時の感触と音の反響などで厚みや向こう側で何かと密着しているのかどうかが分かるのだそうだ。
「え?なにそのビックリ特技。いつの間にそんなことができるようになっていたの?」
「この程度のこと、訓練で打ち込みを繰り返していれば自然とできるようになりますわ。クンビーラの騎士団では古くなり過ぎたり、壊れて着用できなくなったりした鎧を攻撃の的代わりにしていましたの」
訓練では案山子のような物体にそうした鎧を括りつけたりして使用してらしいのだけれど、内側がしっかりとくっ付いている胴体部分と、空洞になっている肩口の部分では打ち込んだ際の衝撃や音がまるで違っているそうです。
「大雑把に言いますと、内側がある場所は音も感触も重く感じられて、反対に空洞の箇所は軽く感じられる傾向にありましたわね」
密着していると打ち込みの衝撃がそのまま向こうへと伝わることになって、その分重いと感じられるのかもしれない。
と、理屈は何となく分からないでもないけれど、それが判別できるようになるには、膨大な数と時間をその行為に費やす必要が出てくるのではないでしょうかね?
つまり、ミルファがそれだけ真剣かつ誠実に訓練に向き合ってきたということなのだと思う。
まあ、本人はそれが当たり前となっているようなので、きっと褒めたところでキョトンとした顔をするだけだろうけれどね。
そうして、金属のあちこちをコツコツ叩いて回ること数十回。
「……ダメですわね。どこを調べてみても同じ、まるで薄い金属製の板の下にぴっちりと何かが張り付いているような感触しか返ってきませんの」
「え?もしかして通路は既に埋まってしまっている?」
この下に広がっているであろう通路に隙間なく土が入り込んでしまっているのであれば、例え薄い板状であったとしても壊れることなくこの謎金属の上に乗れてしまうことに説明は付くことになる。
その代わりボクたちも利用できないということになってしまうけれど。
「いいえ。何らかの影響で通路に土砂が流れ込んだとしても、天井まで隙間なく埋まりきることは難しいでしょう。もしもそんなことができるとすれば、この場所から土を放り込んでいった場合だけ。リュカリュカ、あなたがさっき言ったように、それならわざわざこんなものを設置しておく必要はないはずです」
ネイトに説明されて頭の中で図を描いてみる。
……なるほど。そうなる可能性はゼロではないけれど、少しの隙間もないというのは現実味がないかな。
「それに何より、薄い板状であれば土砂が流れ込んだ勢いで押されて、変形するのではないでしょうか」
……まったくもってネイトの言う通りだわ。その観察眼の鋭さには感服しきりだよ。
「恐らくは簡単にはこの下に通路があると知られないように、金属の中、もしくは間に衝撃を吸収するようなものを入れてあるのだと思いますわ。わたくしたちですら思い付くような事ですもの。対策をされていたとしてもおかしくはありませんわよ」
さすがにそれは自分たちのことを見下し過ぎではないかとも思ったが、リアルではボクも親の脛をカプカプとかじりまくっている身なのよね。アルバイトを始めとした社会経験も皆無に等しい訳で、改めて考えてみれば納得の台詞だった。
しかしながらこれで諦めるのかといえば、それはまた別の話だ。
「ここまで手が込んでいるとなりますと、開けるにも一筋縄ではいかない仕掛けが施してあるとみてよさそうですわね」
仕掛け……。そういうのは怪しいカンサイ弁口調のエルフちゃんが得意そうだ。
ただし現在彼女はクンビーラにいて、この場に召集するための方法がないのが問題だけど。
「うーん……、例えばどんなものがあるのかな?」
こうなったら自分たちで答えを導き出すしかない訳だけれど、考えるにも取っ掛かりが必要だからね。
「吟遊詩人の詩や本に収録されている物語などでは、特定の文句を告げることで反応する、というのが定番でしょうか」
「ほほう。キーワードとな」
ネイトの言葉を聞いて、ボクは自分の目がきらりと輝いたのを自覚した。
これは「ボク的一度は言ってみたい台詞ランキング」の上位に常に位置する、あの言葉を言えということですな!
「???……何か当てがあるのですか?」
「リュカリュカが自信満々だと、頼もしさと同時にそこはかとない不安を感じてしまいますわね……」
「まあね」
失敬な事を言い出したミルファは意図的に無視して、強引に話を進めることにしますですよ。
「まあ、ちょっと見ていてよ。……開けー、まごっ!?」
いや別にボケた訳じゃないから!
いきなり背後からネイトに口を抑えられてしまったのです!




