459 狂乱者の最期
まずは確認。狂乱化したマーダーグリズリーはボクたちのパーティーで最も堅いリーヴの守りすら越えて大きなダメージを与えてきた。
このことから誰か一人に攻撃が集中するような事態は絶対に避けるべきでしょう。つまり攻撃を分散させるため、おっかないけれどボクも最前線に立つ必要があるということです。
それでも本来の盾役がいないため抑えられる時間はそうは長くないだろうね。
幸いにも狂乱化にはHPを回復する効果はなかったらしい。それどころか深手を負っているのに無理な行動をしていると判定されているのか、ほんの少しずつではあるけれどマーダーグリズリーは徐々に体力を減らし続けていた。
「あっちは無茶な動きが祟ってHPを減らしているみたい。でもリーヴがいないまま戦ってもボクらの方が先に瓦解してしまうだろうから、何としても短期決戦で決着をつけるよ!」
ミルファとエッ君の二人に並びながら方針を伝える。この作戦で鍵となるのは、「一度でいかに効率よく大量のダメージを与えられるのか」これに尽きる。
対象となるのはエッ君お得意の闘技の一人連鎖か、ミルファの【マルチアタック】の闘技のどちらかということになる。
ボク?防御を無効化する【ペネトレイト】までは習得できたのだけれどね。残念ながら【マルチアタック】が使えるようになる〔槍技〕技能のマスターまで熟練度を上げることはできていませんです。
「い、つう……」
ところが、マーダーグリズリーからの攻撃の圧が凄まじくて、二人のどちらかにアタッカーを任せるということができそうにもない。
「ミルファもエッ君も、攻撃を捌きながら隙を見て反撃を仕掛けて!」
「とてつもなく行き当たりばったりの作戦ですわね!?」
「失敬な。機を見るに敏だとか臨機応変だとか言ってもらいたいね」
「言葉を飾っただけで、意味合いは同じではありませんの!?」
世の中、時にはハッタリも必要なのですよ。実際問題として、それしか手がないということもあったのだけれど。
「仕方ないなあ。わがままなミルファのために花道を用意してあげましょうか。トレア!」
「お待ちなさい!今のをわがまま扱いされるのは納得がいきませんわよ!?」
何やら喚いているミルファはいつものごとく放置しておくとして。
名前を呼ぶと同時に後方から高速で矢が飛来する。
それは大振りな一撃――一見すると単なる駄々っ子パンチですが、怪力の熊さんが前足の四本でやると凶悪な攻撃へと変貌を遂げていた――を避けたことで発生していたボクたちとマーダーグリズリーとの時間的、空間的な『間』を埋めるべく、急所である喉元へと突き刺さったのだった。
「ないす!トレア!」
まるで待っていたかのようなドンピシャなタイミングだったけれど……、多分きっと恐らくは偶然、というか攻撃をするチャンスだと感じた時が同じだっただけのことなのだろうと思う。
……待っていなかったよね?
一方その矢の強襲を受けた六つ足熊さんはというと、空気が抜けるような「カヒュ……」という声を上げながら鬱陶しそうにもがいていた。
人間であれば即死していそうなものだけれど、魔物特有の分厚い毛皮や狂乱化によって致命傷となるにはほど遠かったようだ。それなら期待してしまいそうな声を出すのは止めて欲しいところだよ……。
「気を取り直して!大技の準備が整うまで、もう少し時間稼ぎに付き合ってもらうよ。【ペネトレイト】!」
防御力無効のためなのか、ぶっすりという音が聞こえてきそうな勢いで龍爪剣斧の剣の部分が根元近くまで脇腹に埋まる。その威力と光景に驚き半分感動半分……、って、そんなのんびりとしている場合じゃなかった!
慌てて引き抜き後方へと下がった次の瞬間、さっきまでボクがいた場所を剛毛に覆われた丸太のような太さの腕が、一本二本と通り過ぎて行ったのだった。
あ、危なかった……。もう少し回避行動が遅ければ、ばちこーんとやられてしまうところだったよ。
だけど、それだけの危険を犯した甲斐はあった。
……はい!そこの「危険だったのは油断したからだろう」とかいった人、うるさいですよ!おやつ抜き決定だからね!
などという脳内コントは横に置いておいて。トレアの遠距離からの攻撃に続いて行動したことで、ボクはマーダーグリズリーの排除対象リストの最上位にいちやく躍り出ることとなった。
その結果が先の凶悪な反撃であり、意識の大半がこちらへと向けられることになったという訳。
言い換えればそれは、他の者たちから意識を外すことに他ならず、そしてそれを見逃すようなミルファやエッ君ではなかった。
「【マルチアタック】!」
闘技の名を叫びながら、真正面からミルファが飛び込んでいく。が、既に一度同じ技を受けていたためなのか、二本の剣が閃いたところで応戦するために二本の腕が動き出す。
いかにミルファの剣が鋭く速いとしても、硬くて重いマーダーグリズリーの腕との打ち合いとなれば不利となってしまうだろう。
ところが、それでも彼女に焦った様子は見られない。
それどころか口角を上げて薄く笑って魅せたほどだった。
一対一であれば不利を覆しようがなかったと思う。最悪、双剣は折られて、カウンター気味にその身を引き裂かれてしまっていたかもしれない。
だけど、ミルファには頼りになる仲間がいた。
ボクじゃないよ。それは少しでも気を引こうと攻撃を仕掛けてはいたけれど、もっと適任がいたでしょう。
ミルファを害しようと振り下ろされた二本の腕が、途中で再び上がるという、あり得ないおかしな軌道を描く。
目前の敵を叩き潰すはずだった腕に走る痛みと衝撃に目を白黒させる羽目になる魔物熊。しかし、あいつがいつの間にか足下にまで迫っていた、自身と比べれば十分の一よりも小さな存在によってそれが行われたのだと理解することは最後までなかった。
なぜなら、その事実を知るよりも先にその命が尽きることになったから。
「助かりましたわ、エッ君」
感謝の言葉を告げるミルファに、どういたしましてと言うように鷹揚に体を揺するエッ君。それを横目に巨体に見合うだけの広さのある懐へと飛び込むと、彼女は再び闘技の名を口にする。
「【マルチアタック】!」
それは彼女が密かに研究と訓練を重ねてきた成果。
二本の剣によって引き起こされた小ぶりの嵐に巻き込まれた者は、そこから逃げ出すこともできずにその身を地面に横たえることになるのだった。
まあ、解体の短縮設定の影響ですぐに消え去ることになったのだけれどね。




