454 二体のマーダーグリズリー
装備が整いトレアが本格的に戦力になったこともあって、ドワーフの里を出発して以降は苦戦らしい苦戦をすることはなかったように思う。
結局、用心していたつもりでも心のどこかで油断をしていたということになるのだろう。
しかし、いくら何でもこれは相手が酷過ぎるのではないかな。『土卿エリア』の山岳地帯で通常出現する魔物の中では群を抜いて強いマーダーグリズリーが二体、それも特殊な状態だと噂されている『つがい』の可能性が高いときている。
対するこちらは探索のためパーティーを二つに分けたままという不利な状況です。
あれ?これって密かに全滅案件じゃない?
「もちろん、そう易々とやられてやるつもりはないけどね!」
幸運にも、マーダーグリズリーたちはこちらに合わせるように二手に分かれて突進してきている。
対するこちらは三人ずつとはいえ、盾役の前衛に中衛もしくは遊撃、そして後衛とある程度はバランスの取れたものとなっていた。
本音を言えばチーミルとリーネイも呼び出して総力戦といきたいところだったのだけれど、あいにく六人パーティーのままで行動していたため、二人を呼び出すことはできずじまいとなったのだった。
それにしてもつがいの最大の特徴である高い連携能力を捨ててきたと言うことは、それだけボクたちが舐められているということなのか、はたまた合流された方が厄介だと思われたのか。
実は偶然二体が一緒にいただけでつがいではなかったという可能性も考えられる。が、のんびりと詳しく考察している余裕はないので真偽のほどは不明となったのだった。
「まずはあの突進を止めないと。リーヴ、いける?」
コクリと首を縦に振ると、盾を構えながら数歩前に出るリーヴ。鎧姿の背中が頼もしいね。
ただし、大きさが小人種サイズなので体重は見た目よりも軽かったりする。なんと全身金属鎧っぽい姿形なのに、ボクたちと同じくらいのウェイトしかないのだ!
そのため、体重をこめた純粋な押し合いとなると意外に弱く、クンビーラにいた頃の訓練では経験の差とも相まっておじちゃんに上手くあしらわれることもあった。
「でも、ボクたちもみんなあの頃のままじゃないものね」
衝突すると思われた瞬間、リーヴが構えた盾が光を帯びる。
闘技【ハイブロック】。どんなものでも……、とまではいかないけれど、強力な攻撃でも受け止めることのできる優れものだ。その場から一歩も後退ることなく見事突進を止めてみせたリーヴは、守護の名を冠する盾技を持つに相応しい凛々しさと勇ましさだった。
「ギャウン!?」
対して、まさか自分の半分にも及ばない大きさの相手に邪魔されるなどとは想像もしていなかったのだろう、突如走った痛みと衝撃にマーダーグリズリーは悲鳴を上げて上体を起こす。
「この隙逃してなるものかー」
牙龍槌杖を手にしたところで、ドスッ!という重い音と共にがら空きになっていた左胸に矢が突き立つ。
お、おおう……!確実に弱点部分を狙い撃ちとは、トレアもなかなかやるね!
このままだと出番がなくなるのでは?という微かな焦燥感を抱きながら、追加された痛みにギャーギャー騒いでいるマーダーグリズリーへと向かう。
「リーヴ、お願い!」
呼びかけると同時に、ボクの動きを読んでいたかのように頭上へと盾を構えるリーヴ。
「ありがと!」
それを足場にして飛び上がり、起き上がったことで三メートルほどの高さに位置していた熊さん――腕が四本ある凶悪型だけど――の頭上へと一気に迫る。
「【スウィング】!」
石突き側ギリギリを持って遠心力も加えながら、槌部分を思いっきり頭へと叩き付ける。ドゴン!
「ガブッ!?」
腕に堅いもの同士がぶつかった衝撃が伝わり、痛撃を与えたことを実感する。とはいえ、のんびりと余韻に浸ってはいられない。
だって着地した場所は敵の目の前真正面、攻撃範囲のド真ん中なのだから。
「真昼のお星さまは綺麗ですかー?」
小声で捨て台詞じみたものを残して、ささっと四本の腕が届く範囲から抜け出しますですよ。
その際、ミルファたちの様子が目に入ってきたのだけれど、突進をかわして後方へと走り抜けた殺人熊に魔法や闘技で背後から攻撃を仕掛けているというところだった。
こちらと違って動きを止めることができなかったことが大きく影響しているようだ。
一言で同じ盾役と言っても、受け止めて阻むことに長けているリーヴに対して、ミルファはいなして受け流すことに長けている。
通常であればそれぞれが特性を生かして反撃に移ることもできるのだが、今回のように巨体を生かした質量攻撃をしてくる場合は、その違いが差という形で表れてしまったらしい。
このままだとボクたちが目の前の一体を倒しきるよりも先に、ミルファたちが押し切られてしまう。
そう思った瞬間、ボクの口からは言葉が飛び出していた。
「ミルファ、ネイト、エッ君。どっちが先に倒せるか競争ね」
「お待ちなさい!自分たちの方が有利だからと、いきなりそれはズルいですわ!」
すぐにうがーっと食って掛かってきたのは、最近とみにお嬢様成分がなくなってきている様子のあるミルファさんです。
「ミルファ!目の前の敵に集中してください!」
「今の流れでわたくしが叱られてしまいますの!?」
そして即座にネイトから注意を受けて涙目になっている。
「リュカリュカも!余計な茶々を入れる暇があるなら、さっさとそちらの一体を倒して応援にきてください!」
「ぐはっ……。正論って時に凶器になると思うの……」
それができるのなら、とっくにやっているってばよ……。
しょぼーんとなりそうなボクに当のネイトは苦笑いを浮かべていた。
おにょれー。からかい混じりで応援したつもりが、逆に発破を掛けられてしまったよ。
「こうなったらなにが何でも先に倒して先に倒してやるんだから!」
そこまでされて黙っていられますか!突如これまで以上のやる気を出すボクに、心得たと言わんばかりにリーヴがぶんぶんと剣を振り始める一方で、こうしたやり取りにはまだ馴染みがなかったトレアが目を丸くしている。
初めは戸惑うかもしれないけれど、慣れるとこういうノリと勢いで突っ走るのも楽しいものよ。
「リーヴ、トレア!出し惜しみはなし!全力でやっつけるよ!」
絶対に負けられない戦いがここにある!




