451 残る者の資格
これまでの動きから推測すると、ジオグランド中央はドワーフの御先祖が何かを隠していたという確証となる物を手に入れたけれど、その在り処を現在のドワーフの皆が住んでいるこの『ドワーフの里』だと思い込んでいる、というところかな。
「上手くいけば南西の荒野に目を向けさせることができるかと思ったんだけど」
「ドワーフの里を攻め落とすことが既定路線として確定しているなら、騎士や兵士の派遣は止められないだろうねえ」
なにせあちらに反ドワーフ派の貴族たちがすり寄っているのは間違いないようだから。
これを機に根絶やしに……、とまでは考えていなくても、自治権をはく奪して自分たちが都合よく使える人材資源にしてしまおうというくらいのことは企んでいるかもしれない。
「だとすると、この街に残ってやって来る部隊に対応する人が必要ってことかあ……」
これは困ったね。真実に関係なく既に疑惑を持たれてしまっているために、この役は『ドワーフの里』の住民である限り成り立たないからだ。
つまり、必然的にそれ以外の出身の人が必要になってくる。そうした事情に気が付いたのか、長老さんたちの周りの空気が一層重苦しくなっていた。
「歯がゆいのう。自分たちの街のことじゃというのに、何もできることはないというのは……!」
「せめて弁明の機会が与えられれば、この冴えわたる弁舌でその疑心を解くこともできたというのに……!」
え?いや、それは無理じゃないかな!?
長老なんて役職に就いているから他の人よりも口が達者なのだろうと思うけれど、それはあくまでもドワーフという種族においてという前提があってのことでしょう。
職人気質とオタク気質を足して二で割らないような真っ正直な人たちに、敵意を持って接してくるであろう連中を言いくるめられるとは思えないです。
しかも、だ。実は問題はそれだけにとどまらなかったりする。
ただでさえあちらは自分たちの聞きたいことにしか耳を傾けなくなっているというのに、そんなぽっと出の余所者の言うことを信用すると思う?
「しっかりとした肩書きがないと歯牙にもかけてもらえなさそうだわ……」
ボクたちの中では、クンビーラの公主一族出身というミルファが身分的な点で上回っているかもしれない。断定できないのは他国、しかも『風卿エリア』にある都市国家の一つでしかないためだね。
『土卿王国』からすれば取るに足らない相手だとして、ぞんざいに扱われないとは言い切れない。
もっと最悪なことを考えるならば、クンビーラに対する人質にされてしまう可能性だってあるのだ。
「うーん……。手詰まりだなあ」
大陸中に名前を馳せているおじいちゃんであれば話を聞いてもらえたかもしれないけれど、今現在ここに居ない以上当てにすることはできない。
……ふう。ない物ねだりをしても仕方がない。持っている手札で何とかするしかないのだ。
「それなら私がここに残ろうかねえ」
思考に割り込むかのように聞こえてきたのは、おばあちゃんの声だった。
「その役目、私が引き受けてあげるよ。これでもその辺のやつに軽んじられるような肩書きを背負っている訳じゃないからねえ。それにこの前神殿にいる子たちに話を聞いた時から、ジオグランドには一度しっかりと釘を刺しておかなくちゃいけないと思っていたのさ。『七神教』としても脅せば簡単に屈すると思われるのは困るからねえ」
ゾワリと背筋が粟立つのを感じる。室内の温度が一気に氷点下にまで低下したのかと錯覚するほどの怖気でしたよ。
長老さんたちでさえ目をむいていたほどで、人生経験的にピヨピヨひよっこのボクたちに耐えられるはずもなく。三人そろってガクブルしてしまいましたとも!
「と、ところで!リュカリュカの嬢ちゃんたちは何をするつもりなのじゃ?どうもこれまでの話を聞いていると、お前さんたちにも何か役目を当てはめているように思えるのじゃが?」
「あ、ボクたちはその集落の跡を巡って、直接何が隠されているのかを探してこようと思ってます」
話題転換のボールにさっそうと飛び付いて、ボクたちの予定を話す。
ちなみに、ドワーフたちの旧集落の話が出なければ、大規模な魔物討伐が行われた南西の荒野へと向かうつもりでいた。
「しかし、集落の数は両手の指を超えていたとも言われているぞ」
「うむ。合流した中には遠方の集落出身の者もいたという話もある。全てを回るとなると骨が折れるどころではすまないはずじゃ」
「それを言うなら集落の跡が残っていない場所もあるはずじゃぞ。反対に山小屋代わりに今でも使われている所もあるがのう」
うわ!それは確かに大変かも!
「えーと、言い伝えとか伝承とかが残っていたりは……、しませんよね?」
「すまんが集落ごとの話というのは、とんと聞いたことがない。その昔は語り部役が知識を伝えていたという話もあったが、それも『三国戦争』の頃を境にいつの間にか消えてしまっていたらしい」
大陸全土を巻き込むことになった大戦争を目の当たりにしたことで、そんなことに用いられることを危惧するあまり、ヒントとなる情報すらも途絶えさせることを決意したのかもしれない。
これはいよいよ用心しておかないと、『空を征く船』のように世界を巻き込む炎の火種となりかねないね。気を引き締めておかないと。
「できる限りで構わないので、分かっている情報を教えてください。後、地図なんかも見せてもらえるならありがたいです」
「ふむ。すぐに用意させよう。それと山間を歩き続けるならば、それに合った装備や品物も買い込んでおくべきじゃ。良ければそういったことに詳しい者を付けさせるが?」
「助かります!」
こうして、長老さんたち始めドワーフの里の協力のを受けながら、ボクたちは旧ドワーフの集落巡りをするための準備を手分けして行っていく事になった。
「あのドワーフたちが忘却することを選択するほどの技術があるとは。こりゃあ、この街に残ることを選んだのは早計だったかねえ……。首都からわざわざ派遣されてくる連中には悪いが、しっかりと私の憂さ晴らしに付き合ってもらうとしようか。いやはや、この大陸は本当に興味が尽きないよ」
一人の老女がそんなことを口にしながら、その様子を見つめていることに気が付くこともなく。




