45 ついにその日が来た
その日のボクは朝からそわそわしていた。エッ君もそんなボクに影響されてかいつも以上に落ち着きをなくしている。
「やれやれ。今からそんなことじゃあ怪我をするよ。少しは落ち着きな、ほい、お弁当さね」
そんなありがたい忠告と一緒にお弁当を差し出してくれたのは『猟犬のあくび亭』の女将さんだった。
「あははは……。ありがたく頂きます」
預かったお弁当――エッ君の分もあるので二つだ――をアイテムボックスに仕舞いながら、解説を見てみると、
『女将特製弁当。空腹度を五十減少させる。美味しい』
空腹度を減らす効果もさることながら、美味しいの一言が嬉しい。初心者用ビスケットの最後の一つが、アイテムボックスの中から消える日はいつになることやら。
「無理せずに日の明るい内に切り上げてくることさね。しかし、冒険者なんてやらなくてもいいんじゃないかい?リュカリュカなら他の仕事で十分に生きていくことができそうさね」
街の外という新しい場所に行けることにドキワクしていたのだけど、女将さんからは緊張しているように見えたようだ。
ものすっごく心配そうな目でこちらを見ていた。
「女将さんが心配してくれるのは嬉しいんですけど、世界を見て回るのがボクの夢だから、これは避けて通る事はできないんです」
「……はあ。そういう無謀で頑固で一途なところはリュカリュカもいっぱしの冒険者なんだねえ。とにかく、無茶だけはするんじゃないよ」
「ええと、なるべく努力します」
「そこは、ハイと答えるところさね……」
「いやあ、女将さん相手に嘘は吐きたくなかったから」
ポリポリと軽く頭を掻きながら答えると、女将さんは再び大きくため息をついていた。
「それじゃあ、無事に帰ってくること。これだけは約束してもらうさね。もちろんエッ君と一緒にだよ」
「それなら、どんとこいです!」
と言って胸を張るボクとその真似をするエッ君。
そんなボクたちをまだどことなく心配そうな顔で見ながらも、女将さんは出発することを了承してくれたのだった。
……ホント、良い人に出会えてありがたい限りだ。里っちゃんが「NPCたちとの触れ合いも楽しみの一つ」だと言っていた理由が最近よく分かってきた。
まあ、見事の彼女の策略にはまっているとも言い換えることができるのだけど。
さて、先ほどもチラリと述べたけれど、今日はついに薬草採取の依頼を受けて街の外へと繰り出すつもりなのだ!
既にゲームを始めてから二週間、ゲーム内でも九日目となっていた。
うん。のんびりだということは認めます。
プレイ報告の感想でも「まだクンビーラの街の中にいるの!?」というものばかりになっていると運営から連絡があったくらいだ。
途中で〔槍技〕の闘技を覚えることにしたことが一番大きな要因だったね。とりあえず長刀部の先輩の「筋がいい」発言はリップサービスだったことが確定した訳だ。
まあ、ゴードンさんに扱いやすい長さへと変更してもらってからは、大分動きやすくはなったけど。
「よし、それじゃあ行ってきます!」
女将さんと、厨房にいた料理長に挨拶をして冒険者協会へ向けて出発進行!
途中顔馴染みになった街の人たちとも挨拶を交わしながらテクテクと中央広場へと向かう。
ちなみに今のエッ君は歩く気分だったらしく、ボクの後ろをちょこちょことついて来ていた。
今さらながらで恐縮だけど、ここでクンビーラの街中について少しだけ解説しておきたい。
街の形は大雑把に言うと正八角形に近く、そして東西と南北の二本の大通りがあり、交点となる中央広場に冒険者協会などがあるのは以前にも話した通りだ。
大通りの先にはそれぞれ東西南北の門へと繋がっており、さらにはそこから街道が伸びている。一方、街の中だけど、それら大通りによって四つの区域へと大きく分割されていた。
まずは北東部。支配者である公主様が住むお城や、行政の各施設があるクンビーラの心臓部。また、配下の貴族たちの邸宅が並ぶいわゆる高級住宅街でもある。
そうした関係から騎士団の本部もこの区画に置かれている。まあ、クンビーラの街の中でもっともボクに縁遠い場所でもあるね。
これから先もそうであって欲しいのだけど、ブラックドラゴンの守護竜化のこともあるし、どうなることやら。
話は少しそれてしまうけど、あのブラックドラゴンは事の顛末と守護竜になることを報告しに一時帰郷している。
エッ君の故郷でもある竜の里が一体どこにあるのかは……、秘密だそうだ。
いつかは行ってみたいけれど、ブラックドラゴンみたいに人の話を聞かない連中ばかりだったら嫌だなあ、と思う今日この頃だったり。
話しを戻すね。次に北西部。こちらは反対に庶民向けの住宅が多い、下町的な区画となる。
壁際の一部は下町どころかスラム化していたのだけど、あのブラックドラゴンの件で騎士団と衛兵隊による一斉検挙が行われた結果、街の暗部は綺麗さっぱり更地になってしまいましたとさ。
そして更地の元スラムは区画整理をした後、再開発が行われることが決まっているのだそうだ。
どうしてそんなことを知っているのかというと、騎士のグラッツさんが教えてくれたからだ。なんでもその再開発に掛かる費用はボクに支払われるはずだった報奨金を使用するそうで、一角には孤児院を整備するなど、再びスラム街化しないように様々な手立てが施される予定になっているのだとか。
そして忘れてはいけないのが、ボクが逗留している『猟犬のあくび亭』もまた、この区画にあるということだ。商業区からは少し離れているけど落ち着いて宿泊したい人などからは人気なのだとか。
後、これは内緒なのだけど、騎士団との繋がりがあることからちょっと訳ありな人とか、身分の高い人などが泊まることもあるようだ。
北側が街の中でも内向きだとすれば、南は外向きということが言えるかな。
自由交易都市の名前の通り、多くの商店が軒を連ねていて、そしてたくさんの物が集まって来ているのだ。
また、ゴードンさんのように工房を構える職人さんも多くいる。ちなみに『石の金床』は南西エリアに、商業組合は南東エリアにあります。
南広場を中心に東西に広がる市場では小売りも行ってくれるので、探し物がある時にはここへ行くのがおすすめ。
ただ、人が多いからスリなどに注意が必要だけど。スラム街はなくなったけれど、裏稼業の人たちがいなくなった訳じゃない。
むしろ北の活動拠点がなくなったことで、南へと流れてきた連中も多いそうだ。
同じクンビーラの街ではあるのだけど、こちらは商人たちの力が強くて、衛兵隊も騎士団も動き辛いのだとグラッツさんがぼやいていたっけ。
それでも街の安全のために頑張ってもらいたいところだよね。
そんなところで中央広場に到着だ。さあて、どんな薬草の採取依頼があるのか楽しみ。もちろん、街の近場で採取できるものに限るつもりだよ。




