436 ドワーフがいないドワーフの里
マーダーグリズリーたちを倒したことで、計らずとも実力を示すことになったボクたちは、無事にドワーフの里の人たちに受け入れられることになった。
これには他にも、義理堅く訪れ続けていたアッシュさんたち行商人トリオを護衛していたこと等も影響していたようだ。
まあ、一番の要因はボクが所持していた龍爪剣斧と臥龍槌杖という二本のグロウアームズにあったことは間違いなさそうなのだけれど。
「ぬおっ!?これを外にいる同族や異次元都市の鍛冶師たちが作り上げたというのか!?」
差し出した瞬間にあっという間に取られてしまい、興味津々どころか親の仇を見るかのような血走った目で観察されることになったのでした。
もしも二つの武器が喋ることができたならば、きっと悲鳴を上げていたことだろう。
……うん?今何か妙なフラグを建ててしまった?
それはともかくとして、ここまではまだ良かったのだ、ここまでは……。
「ここもすっかり寂しくなってしまいましたわね」
「それだとまるで廃墟かゴーストタウンになってしまったみたいですよ」
ミルファの一言に苦笑いのネイトがツッコミを入れる。
うん、本気で縁起でもないので止めて欲しいかな。
現在、ボクたちが居るのはドワーフの里の中でも一般居住区に当たる場所だった。各所に明かりが設置されているものの地下に位置していることもあって薄暗く、その上人通りもわずかとなっていた。
「まさかわずか数日でここまで変化してしまうとは思ってもみなかったよね……」
到着したその日などは、それこそ子どもたちがあちこちの路地を走り回っていたし、人の行き来も途切れることなく続いていた。
それが今やこんな有り様なのだから、とてつもない変化だと言えるだろう。
「……他人事のように言っていますけれど、割とリュカリュカのせいですわよね」
「ボク悪くないし!」
「残念ながら、こうなってしまった原因の一端ではあると思いますよ。いえ、別に責めるつもりはありませんが」
ネイトさんや、ミルファに否定して返した直後に追い打ちかけるのは止めて。
ええ、ええ。分かっていますとも!
責任どうこうはともかくとして、こうなっている原因の一部はボクたちにありましたとも!
早い話、グロウアームズを直に目にしたことで、ドワーフたちの物作りへの欲求が爆発してしまったのですよ。
ところが、だ。普段であれば各々の工房へと駆け込みトンテンカンテンと物作りに励んでいたところだったのだけれど、あいにくと現在はジオグランド王国中央からの嫌がらせによって物流封鎖の真っ最中だった。
そのため周辺に出没する魔物素材ならばともかく、それ以外の素材が全く足りていなかったのだ。
行商人トリオが持ち込んだ分があったとはいえ、荷車一台分ではたかが知れている。職人であるドワーフたちの数からすれば焼け石に水でしかなかった。
だがしかし、それくらいで諦める彼らではなかった。多分、本格的な物流封鎖が始まって以降溜まっていたフラストレーションも影響していたのだろう。
「素材がないなら、取りに行けばいいじゃない!」
というコロンブスの卵的な発想の大変換――ただし、力が強過ぎてグシャッと潰れてしまっている感は否めないけれど……――が行われたかと思えば、それを実行に移すべく大勢のドワーフたちが素材採掘ツアーへと向かってしまったのだった。
「子連れというか家族総出で出かけるとか、いくら文化が違うと言ってもあり得ないでしょ……」
「赤ん坊を背負った若い夫婦までいましたからね。さすがにあれを見た時は悪い冗談にしか思えませんでした」
冗談ではなかったから余計に性質が悪く思えてしまったのだよね。
素材採取ツアーへと出発したその数、ドワーフ住民のおよそ八割にも及び、その他の種族も含めた住民全体から見ても七割近い人数となっていた。これにはボクたちも驚くのを通り越して呆れるしかなかった。
もしも今、外部からの侵略があれば確実にドワーフの里は陥落してしまうことだろう。
「兵士や騎士以外の潜在的な戦力が多いことは利点ばかりだと思っていましたけれど、このような不測の事態が発生した時には、途端にその脆弱性が浮き彫りになってしまうのですわね」
特に防衛戦時には専門職以外の人材を当てにし過ぎるのは危険ということかな。クンビーラの支配者一族の出身だけあって、ミルファは為政者側から見た欠点が気になるようだね。
実際、いなくなってしまった住民たちの代わりにボクたちが冒険者協会からの依頼という形で街中の巡回や周囲の魔物討伐を行っているのだけれど、手が足りているとは到底言えない状態だった。
事件や犯罪が起きている訳ではないのだけれど、明かりの魔道具の点検を始めとしたインフラ環境を維持して回るのがとても大変だったのだ。
脳筋の気があるミルファなど、「街の外で魔物を倒している方が余程気楽ですわ……」と愚痴を漏らす始末ですよ。
エッ君がすぐに飽きてしまったことは言うまでもなく、ファームの中で他の子たちに遊んでもらっているそうだ。
「確かにドワーフの里に着いたら装備品を新調するための資金稼ぎも兼ねて依頼を受けて回ったり、魔物を倒したりするつもりだったけど、今の状況は思っていたのと何か違う……」
レベルアップのための経験値も、冒険者等級アップのためのポイントも、そして一番の目的であった資金も順調に貯まりつつあるのだけれど、どうしてもこれじゃない感が付きまとってくるのだった。
「そうは言っても、結局は素材を集めに行ってしまったドワーフの皆さんが帰ってくるまでこの街を離れることはできませんからね。諦めて依頼を熟すしかないでしょう」
先ほども言ったように、戦える住民の大半がいなくなってしまったから戦力が激減してしまっているのだ。
また、肝心の装備品を販売してくれる人もいなくなってしまっているので、ボクたちは完全にこの場へと足止めされている状態となっていた。
ちなみに、アッシュさんたち行商人トリオも別の街で売るための商品を購入することができないため、同じく足止めされていた。
あちらはあちらで毎日のように商業組合に呼びつけられては、滞在費代わりとして伝票や書類の整理に付き合わされているのだとか。なむなむ。




