433 気付いて欲しいの
さて、ドワーフの里の入り口前でわいわいがやがやと騒いでいたために魔物が近づいてきている訳ですが、その原因となっている行商人トリオを始めとした皆さんはというと……。
「駆け出しの頃にはここのおやっさんたちには散々世話になったから」
「そうそう。礼代わりじゃないがこのくらいはしないと俺たちの気がすまない」
「はっ。今時ドワーフでも珍しい義理堅さじゃのう」
「まあ、ごらんの通り荷馬車一台分だけだから、大した量にはならないんだけどな」
「それでもあるのとないのでは大違いじゃよ。さっきも言ったように近頃は寄り付く連中がすっかり減ってしまっているからな」
気が付く様子もなくおしゃべりに夢中になっていますな!
まあ、会話の内容からしてアッシュさんたちはドワーフの里の常連のようであるし、お世話になった相手も多いようであるから話が弾んでしまうのも分からないではないのだけれど。
それならやはりあらかじめ街の中に入ってしまっておくべきだと思うの。
一瞬、今回もまた突発的なイベントが発生したのかと思ってしまったくらいだ。
「はあ……。この調子だとドワーフさんたちも戦力になりそうもないか」
いくら何でも襲われれば気が付くと思うのだが、わざわざそこまで危機を招き入れる必要はないよね。
「仮にわたしたちの手に負えなかった時のフォロー役がいるとでも考えておけば良いのではないでしょうか」
こちらはネイトの意見です。ボクよりもしっかりと魔物の数を把握しているはずの彼女がそう言うということは、ボクたちだけでも十分に倒しきれると考えている証拠だ。
「後ろを気にしなくても良いというのは、気が楽でいいですわね」
ミルファの方はもうすっかりやる気になっているようで、晴れやかな表情でそんなことを言っております。
護衛の依頼だったからね。アッシュさんたち行商人トリオやエクスカリオン君のことを気にかけておかなくちゃいけなかった訳なのだが、どうやらそのことで結構ストレスを溜めていたもよう。
失敗したなあ。いつの間にかトレアやうちの子たちのことを優先してしまい、ミルファやネイトへの対応がおざなりになっていたのかもしれない。
今回は思いっきり暴れさせてあげるべきかも。
「はっちゃけるのは無茶しない程度にしてよ?」
とはいえ、心配ではありますので。
一応釘だけは刺しておきますよ。
「もちろんですわ。目的を見失うつもりはなくてよ」
しっかりこちらを見て返事をしてくれているので、戦いに夢中になり過ぎるようなことはないだろう。
「そろそろ本格的に迎撃準備に入ろうか。ネイト、魔物の種類と数、それと大まかでいいから位置を教えて」
「前方五十メートル、わたしたちが通ってきた道の右側窪みにマーダーグリズリーが一体隠れています。そこから左手二十メートルほどの所に岩に擬態したロックリザードが三体。こちらの様子を伺っているのか、今すぐ突撃してくる気配はないようですね」
ふむふむ。それなら無理にこちらから攻撃しに行くようなことはしないで、近付いてきた順番に潰していくという方が戦力を集中できて良さそう。
「ですが、ダイヴイーグル一羽が正面方向から急接近中です」
「あうち。割って入ってくる気満々ってことですか……」
山岳地帯に入ってから分かったことなのだけど、この地域で遭遇するダイヴイーグルとライトンニングバードの鳥さん二種には、どうやらタイミングをずらして戦闘が始まってから乱入してくる性質があるらしい。
目の前の敵に気を取られていたところに、上空からいきなり攻撃されるということがこれまでに何度あったことか。
ネイトとボクで二重に〔警戒〕することができていなかったら致死級のダメージを受けていたかもしれないことも何度かあったほどだ。
「仕方ない。下手にこの場で迎え撃っていてアッシュさんたちに攻撃を向けられても厄介だし、こっちから打って出るとしましょうか」
さすがに街中への攻撃はできないにしても、少しでも戦場を街から離しておくべきだろう。
「でわでわ、やるとしましょうか」
愛用の武器を取り出し、
「みんな、出てきて!」
テイムモンスターたちを全員呼び出します。
出し惜しみはなし。最初っから全力でいく。
「え?リュカリュカちゃん?」
そこに背後からインゴさんの声が。
ここにきてようやくボクたちの様子がおかしいことに気が付いたみたい。
「魔物が近づいてきてます。迎撃するからここに居て下さいね」
それだけ言い置いて、これまで歩いてきた道を戻るように駆け出す。
「まずは敵との距離を詰めるよ。ネイトは魔法でマーダーグリズリーを攻撃!リーヴにチーミルとリーネイ、そしてトレアは潜んでいる窪みから出てきたところに遠距離からさらに追撃!ミルファとボクで追い立てられているところに接近戦を仕掛けるよ。エッ君は止めの準備をよろしく」
「分かりました!」
「了解ですわ!」
残る魔物たちからの挟撃を受けないようにマーダーグリズリーを瞬殺する。
これができるかどうかで、この一戦の難易度が大きく変わってくるはずだ。
「【アースドリル】!」
そしてマーダーグリズリーが潜んでいる窪みまでの距離が半分を切ったところで、ネイトから開戦の一撃が放たれた。
斜め前方の上空へと打ち上げられた魔法は、重力に従うように窪地へと吸い込まれていく。
「ギュウオオォオ!?」
お見事。近付いていくボクらに気を取られて魔法を避けることができなかったのか、マーダーグリズリーが六本の足を使って飛び出してくる。
そこに殺到する複数の魔法アンド石の矢。
走り出してすぐだったこともあって、完全に勢いを殺されてその場に立ち尽くす殺人熊。
ちゃーんす!
ミルファと二人で一気にその懐へと飛び込んでいく。
破れかぶれになっているのか四本の前足を振り回すも、まともに狙いも付けていない攻撃なので避けるのは簡単だった。
「【スラッシュ】!」
マーダーグリズリーの両脇を駆け抜けるボクたちの声が重なる。手にしていた龍爪剣斧を振り抜くと、ザンッという確かな手応えが感じられる。
闘技のアシスト効果もあって深手を与えることに成功し、マーダーグリズリーのHPは大きく減じていた。
「エッ君!」
長い年月をかけて大勢が歩いたことで踏みしめられた街道を、ざざーっと砂埃を立てながら減速して振り向き叫ぶ。
既に行動を開始していたようで、一抱えほどの物体が飛んでくるのがわずかに見えた。
一拍の後ドゴン!という凶悪な音が響き渡ったかと思えば、糸が切れた人形のようにHPを全損したマーダーグリズリーが大地に沈んでいく。
そして数秒後、その脇あたりがもぞもぞと動くと、ぴょこんとエッ君が顔を出したのだった。




