430 新種?が登場?(雑談回)
暦の上ではすっかり秋へと移り変わっていたリアルだが、日中どころか日没を過ぎて以降も厳しい暑さの日々が続いていた。
が、そんな不快な残暑もひとたびVRの世界へと足を踏み入れてしまえば消し飛んでしまう。
プレイヤーたちの街である『異次元都市メイション』には、そんなリアルから避難してきた者たちが加わり、連日満員御礼の大盛況といった様相を呈していた。
そんなメイションの中でも一際人影が途切れない区画があった。食堂や酒場が軒を連ねる東の大通り、通称『食道楽』である。
プレイヤーたちの間で情報屋として名を知られているフローレンス・T・オトロは、自身がオーナーを務める食堂兼酒場『休肝日』で給仕のフローラに扮して、連日連夜多くの客たちを捌いていたのだった。
「ケンタウロスに女の子がいたって?」
「おう。『冒険日記』にスクショが載ってるぞ」
「すげえ!『テイマーちゃん』のとこのテイムモンスターが全員集合しとる!?」
「頭までが二メートル半弱だから、ケンタウロスの中では小さい方だな」
「そうなのか?」
「ああ」
「でも、胸部装甲の方はかなりでかそうだよな」
「ろりきょにゅーってやつですね、分かります」
「ろり……、なのか?」
「おっさんからすれば十代は全員ろりだ!」
「極端ではあるが、そのくらいのつもりでいた方が安全ではあるわな。趣味趣向の問題じゃなく俺たちくらいの年齢になると、下手に未成年に話しかけるだけでも犯罪者扱いされるから」
「ただしイケメンは除く」
「いや、実際にはイケメンでも手が後ろに回ってるやつだっているぞ」
「なんだかやばい話題に突入しそうだからその辺で止めとけ。ところで、ケンタウロスの大型のやつはどのくらいの大きさだったんだろうな?」
「でかいやつだと三メートルどころか、三メートル五十センチくらいのまでいるらしい。さすがにそういう個体は群れのボスとかそういう扱いだろうって噂されているな。ちなみに馬の背中部分でも二メートル越えになるそうだ」
「でっか!どこの世紀末覇者の馬だよ!?」
「なあ、それって腰から上の人間部分もとんでもないことになっているんじゃないか?」
「ああ。それこそ某暗殺拳継承者兄弟並みに筋骨隆々だってよ」
「つまり何か?某世紀末覇者の上半身がやつの愛馬にドッキングしているようなもの?」
「詳しくはこのアドレス先の記事を見てみるといい。ただし、苦情は受け付けないからな」
「苦情を言うのがデフォって、どんなブラクラ画像――、おーう……」
「うへー……。発見されてから攻撃を喰らうまでの連続写真風のが特に怖えよ」
「動きが早過ぎてコマ落ちっぽくなってるし。しかも最後の一枚なんて笑っていやがる」
「最初の一撃だけでHPが半壊して、死に戻るまでも十秒はかからなかったって書いてあるな。どんだけ攻撃力が高いんだ」
「しかも武器が棍棒とか。蛮族扱いされることが多いケンタウロスだけど、これは間違いなくバーバリアンだわ……」
「えーと……、ケンタウロスの住処として有名なのは『土卿エリア』南西の地域だけど、他のエリアにもいない訳じゃないんだよな?」
「おう。どこのエリアでも目撃情報が出てたはずだぞ」
「有志が作った『魔物の出現分布図』に書いてあるのを見たことある」
「あ、これか。……えー、風卿と火卿はそれぞれの南方の境界線付近か」
「『土卿エリア』から続く山岳地帯が途切れた東側の辺りだな。火卿側だと海岸が砂浜になっている所もあって、海に入って魚を取ったりもしているらしい」
「下半身馬だし、上半身もあの通りのムキムキだから、地引網とか教えたら大漁になりそうじゃね?」
「逆に一度に取り過ぎて水産資源の枯渇とか起こりそうだよ」
「それがきっかけになって近くの村とか街を襲い出しそうだな」
「恐ろしい未来予想は止めて」
「それはともかく、残りの『水卿エリア』だとどこら辺に出没するんだ?」
「あっちは全土で遭遇する可能性があるみたいだな。数頭単位で常に移動しているってよ」
「遊牧民か」
「いえ、戦闘民族です」
「発見即攻撃のスタイルは変わらないのか。はた迷惑な連中だな」
「そんな戦闘狂のやべーやつらって認識だったところに女の子が登場だろ。オーガとか他の人型の魔物にもいるんじゃないかって、一部の連中が大騒ぎしてる」
「大騒ぎしたところで、戦闘になったら倒さなくちゃいけないことに変わりはないだろうに」
「俺、むさくて凶暴なおっさんだから何とか倒せるけど、華奢な女の子相手だと戦える気がしねえんだけど……」
「本気でそれな。ただでさえアラクネとかラミアとか女性系しかいない魔物はやり辛いってのに」
「運営は何か言っているのか?」
「ちょっと待ってくれよ……。お!珍しくコメントを出してるぞ。「当面魔物の女性は戦って倒す以外の選択肢がある特定のイベント発生時においてのみ登場します」だと」
「それなら一応安心できるか?」
「逆に何をすればいいのかと迷っている間に、さっくりやられてしまう可能性があるぞ」
「まあ、『テイマーちゃん』みたいに即決で動いて、その上当たりの選択肢を掴めるやつはそうはいないだろうから」
「というか、『テイマーちゃん』のあれもイベントだったのか」
「そうらしい。ただ、運営自体彼女がそのイベントを引き当てるとは想定外だったようだ。「まさか最初に遭遇したのが『テイマーちゃん』で、しかもテイムされるとは思ってもみなかった」と書いてある」
「実装自体はこの前のアップデートでされていたのか。情報を出さなかったのはちょっとしたサプライズのつもりだった、らしい」
「なになに……、「プレイヤーの皆さんを驚かせるはずが、こっちが驚かされることになったわ!」か。うん。これは心の底からの叫びに思える」
「なんだか運営が余計な策を弄してはそれが裏目に出て自滅する二流の悪役のように見えてしまうんだが……」
「おいおい。あんまり核心を突いた指摘をしてやるなよ」
「いや、その突っ込みも大概にきつい物言いだと思うぞ」
「それにしても、いい加減、あの子ばかりが特別なイベントを引き当てているのはまずいんじゃないか?少ないとはいえ『テイマーちゃん』のアンチがいないって訳じゃないんだろ。また彼女ばかりが優遇されているって騒ぐやつらが出てきそうだ」
「それについては、さすがに内部の調査だけでは信用してもらえないだろうってことで、『笑顔』のスタッフに調査をしてもらったらしい。だけど、おかしなところは何一つ見つからなかったみたいだ」
「要するに、『テイマーちゃん』自身がレアイベントホイホイだってことか」
「……『竜の卵』みたいな厄介なイベントもあるから、あんまり嬉しい体質とは言えなさそうだな」
「なんだかんだ言って、リアルも『OAW』も普通が一番なのかもな」
やけに哲学的な結論に、会話をしていた客たちの悲哀などが感じられる気がしたフローレンスなのだった。




