429 どこかで見たことがあります
お手製キーホルダーの題材選びは難航していた。
まあ、皆それぞれに好みがあるからさもありなん、ということではあるのだけれど。
現状を大まかに言うと、男子が格好良い系を主張する一方で女子が可愛い系で対抗し、そこに男女混合の第三勢力が萌え系を推すという混沌模様となり果てていた。
いやはや、ある程度の対立のようなものは起きてもおかしくはないと思っていたけれど、ここまでの事態になるとは思ってもみなかったわ。
ボクが予想していた以上に皆こだわりを持っていたようだ。
一向にまとまりそうにない状況に、一応は責任者ということになるのだろう、文化祭実行委員の長谷君もどうしていいのか分からず困惑顔です。
とはいえ、責任者の彼がどれかを立てるようなことを言ってしまうと、残る二つを潰すことになりかねないからね。
明らかに優れた部分があるのでもない限り、却下した案を支持する人たちに責められる覚悟がなければ口を挟むことなんてできやしないのだ。
幸いにもまだ残り時間はある。頭を冷やす期間を置くというのもアリだと思う。
具体的には明日改めて話し合うという感じで。べ、別にグダグダになりつつある状況に付き合うのが面倒くさくなった訳ではありませんヨ?
ただもうホームルームの時間も終わって放課後に突入しているので、そろそろ一旦お開きにしても良いのではないかと思っただけなのです。
部活に出動しなくちゃいけないクラスメイトたちだっていることだし、いたって一般的な考えだよね。
ええ、全くもって問題ないのです。
「要は全員の要望が叶うようなフリー素材置き場があれば良いのよね? 」
ボクが謎の理論武装をし終えたところで、それまで様子を見守っていた雪っちゃんがそう切り出した。
「そんな都合のいいところがあるの?」
このままだと不毛な言い争いになりそうだとは感じ取っていたのだろう。状況を改善できるならばと、雪っちゃんの近くの席にいた女子陣営の一人がすぐさま尋ね返していた。
「それぞれの意見や感性の違いもあるから絶対とは言い切れないわよ。長谷君、悪いけどこのサイトを表示してもらえない?」
過度な期待はしないようにと布石を打ちつつ、あらかじめ自分の端末に表示してあったのだろうサイトのアドレスを、クラス用のサーバー経由で長谷君へと送ったようだ。
余談だけど、ロングホームルーム中だからできる荒業であって、普通の授業中にやったら間違いなく叱られる類のものだからくれぐれも真似をしないように。
「了解。ちょっと待っていてくれよ」
長谷君が準備を始めてから十数秒後、黒板に切り替わって教室前方に表示された映像を見て、ボクは危うく大声を出しそうになってしまった。
なぜなら、そこには『OAW』の世界で見知っていた魔物たちが多数表示されていたからだ。
もっとも、こちらはかなりデフォルメされてイラスト調になってしまっていたのだが。
どうやら『笑顔』や『OAW』を提供運営している企業が公表しているフリーイラスト素材置き場であるらしい。
「これって『笑顔』に出てくる魔物じゃないか。へえ……。こんな場所があったんだな」
ボク以外にも気が付いたクラスメイトがちらほらと出始める。『OAW』の方はともかく『笑顔』はサービス開始から数年が経っていて、世間的にもそれなりに有名なゲームだからそれも当然のことだろう。
「意外ね。星さんもこういうゲームやるんだ」
「私じゃなくて知り合いがやっているのよ。それで何となく気になって色々と見て回っていたら素材置き場を発見していたという訳。まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかったわ……」
チラリと彼女がこちらを見たような気がしたが、ボクは前方の画面に夢中になっていたので分かりません。
というか、この状況で視線を交わしたりすれば、その知り合いがボクだって白状するようなものだからね!?
当のフリーイラストだが、ゲーム内に登場する多種多様な魔物たちの多くを収めているようで、かなりの分量となっていた。
そして量が多い分その傾向も様々で……。
「デフォルメはしてあるけど、結構カッコイイのもあるな」
確かに頭身こそ低くなっているけれど、肉食の猛獣系の魔物などは身体のしなやかさを上手く表現しているし、構えている武器などの装備品も細かいところまでしっかりと描かれているので、男の子としてはグッとくるところがありそうだ。
……って、っちょっと待とうか!この鎧兜ってリーヴでしょう!?
イラストネームに『小さな騎士様』って書いてあるし!勇者様の鎧のレプリカだから、ゲーム内でも他に何体もいるはずがない。
そして毎日のように見ているボクがその姿を間違うような事もない。
極めつけは鎧兜とは揃っていない剣と盾だ。これ、ボクがクンビーラで買ってあげた鋼鉄の剣と盾だよね?
どうせなら勇者様セットのフル装備にしておけばいいのに……。
しかし、驚く箇所はこれだけではなかった。
「あ、あの子可愛い」
と女子の一人が指さした先に居たのは、卵から足と尻尾だけが生えた不思議生物だった。
……ええ、間違えようもなくエッ君ですとも。
まあ、可愛いという意見には全面的に賛成だけどさ。
ぺたんと足を投げ出すように座ったエッ君の尻尾の先に蝶が止まっているという絵で、あの子のほんわか具合を余すことなく描き上げていると言えた。
さっきのリーヴといい、普通にボクが欲しいんですけど。
えー、ちなみに萌え勢のクラスメイトたちは、いわゆる女の子モンスターやお姉さんモンスターに夢中になっていたもようです。
なぜかその中にトレアにしか見えない子が混じっていて、『笑顔』のプレイヤーらしい数人が「ケンタウロスに女の子がいただと!?」と驚愕の叫び声を上げていたりもした。
「えー、どうかな?種類も多いし、これならだいたい気に入ったイラストが見つかるように思えるんだけど」
特段この系統へのこだわりがないのか、長谷君が遠慮気味にクラスメイト達に尋ねている。
気持ちは分かるよ。こういう趣味や好みがからむ類いのことに下手に口を出すと、その沼に引きずり込まれそうになるからね……。
忘れもしない中学に入学したての頃、毎日のように会えるのが嬉しくて里っちゃんと二人してたわいのない話をしていて、何気なく「ゲームってそんなに面白いの?」と口をついてしまったあの後のことといったら!
熱くなるなとは言わないけれど、興味が薄いとその熱量だけで許容限界を軽く突破してしまうものなのよ。
布教を考えているならば、その点はよくよく理解しておかないと、かえって嫌がられる恐れがあるものなのです。
と、ボクのあまり楽しくない過去についてはこのくらいにしておきまして。
結局どの陣営からも反対意見が出ることはなく、このサイトのイラストを元にお手製キーホルダーが作られることになるのだった。




