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テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記  作者: 京 高
第三十章 土卿王国の旅路

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424 甘辛のタレが秘訣です

 ボクたちが十分離れたところで、ケンタウロスちゃんが近づいてきて木皿ごと照り焼きチキンサンドを手に取った。

 食べ物だということは理解できていたようだけれど、嗅ぎ慣れない香りのためか、しきりに訝しむようにして見回している。


 まあ、甘味やお酒はともかくソイソースはクンビーラ周辺でしか購入できないようになっているようだから、不思議な香りだと感じられても仕方がないかな。


 ちなみに、『風卿エリア』の中央部、大霊山の北側当たりの町や村で作られているらしいのだが、そちらには足を延ばしていないので詳しい場所についてはボクも良く知らない。

 別に自家製ショーユやミソを作りたい訳ではないからね。要は必要になる分だけ問題なく購入できればそれでいいのです。


 また、これら新製品の広まり方に関してはプレイヤーの行動が大いに影響しているとかで、例えば旅先でどんどん振る舞ったり、権力者や組織の長に紹介したりすれば、流通も拡大していくらしいです。

 逆に特産品や名産品としての価値を高めるために、あえて流通する量を絞るようなこともできるそうで、マヨネーズを始めとした調味料成金になっているプレイヤーも、そこそこな数に上るのだとか。


 MMOタイプのゲームであれば、こうしたリアルの知識を利用する類のものはどうしても早い者勝ちになってしまう。よって、プレイヤーごとにそれぞれのワールドが用意されている『OAW』ならではの話だといえそうだ。


 おっと、そんなプレイヤーたちの事情はさておき、今はケンタウロスちゃんのことだ。

 こちらへと視線を飛ばして怪しみながらも、ついに、照り焼きチキンサンドを口元へと近付けたのだ!


 さあさあ、そのままパクッといっちゃってくださいな!

 そんなボクたちの想いが伝わってしまったのか、後少しのところでこちらへと向き直ってしまうケンタウロスちゃん。


 おーう……。

 リアルのバラエティ番組でもあるまいし、そんな溜めも引きもいらないです……。


 その瞬間、知らず知らずの内に全身に入ってしまっていた力が、へにょへにょと抜けてしまいそうになる。

 背後からも複数のため息が聞こえてきており、どうやらミルファたちだけでなく行商人トリオも固唾をのんで見守っていたようだ。


 もう少し食べ物だと分かり易いものの方が良かったのだろうか?


 しかし、すぐに食べられそうな調理済みのものとなると、アイテムボックスの中にあったのは照り焼きチキンサンドくらいなものだった。

 だからと言ってこんないつ新たな魔物が飛び出してくるかも分からない場所で料理をするというのは、いくら何でも無謀過ぎるというものだろう。


 結局のところ彼女に提供できるものは他になく、食べてくれるか、それとも食べるのを諦める――そうはなって欲しくないけれど――のかを待つより他なかったのだった。


 見守ることしかできないじりじりとした時間が過ぎていき、ようやくケンタウロスちゃんが再び口を近づけていく。

 しかも今度は徐々にお口が開いていくではありませんか!

 これは期待大ですよ!


 ああっ!?用心する気持ちはよく理解できるけれど、そんな小さなお口では端っこのパンを(ついば)むくらいしかできないよ!?

 がぶりと具材と一緒にかぶりつくことで一番美味しくなるっていうのに!


 などとやきもきしながら待っていると、一口目をかじり取ったケンタウロスちゃんが目を丸くしてこちらを見る。

 お肉までは到達できなくとも、テリヤキ風のたれは口にすることができた様子。

 しっかりと濃い甘辛の味付けは、初めて食べる人にとっては大きな衝撃だろう。「どうぞそのままお召し上がりください」という気持ちを込めて頷いてあげると、すぐにパクパクと照り焼きチキンサンドを食べ始めたのだった。


 ああ、良かった。無事に彼女の好みに合っていたようで何よりだった。

 空腹を満たすことが一番の目的ではあっても、せっかくならば美味しい方がいいに決まっているからね。ついでに言うと、作った側としてもできることなら美味しく食べられた方が嬉しいというものですから。


 と、すっかりやり遂げた気分になっていたボクたちですが、実は何一つとして解決していなかったりするのよね。

 だって、お腹が膨れたケンタウロスちゃんが攻撃してこないという確たる証拠は一つもないからだ。

 もちろん、そんな悪辣な性格でないだろうと確信に近い思いを持ってはいるけれど、なにぶん絶対というものはないのが世の常だ。

 自分たちだけでなく行商人トリオの命までも預かっている状況である以上、用心をしない訳にはいかない。


 そんな風にこっそり警戒を続けていたのだけれど、幸いにもそれが役に立つようなことはなかった。

 それどころか、ケンタウロスちゃんは予想外の行動に出たのだ。


「え?ええっ!?」


 驚きの声を発してしまったのはボクだけではなく、ミルファたちやアッシュさんたちも同様だった。

 もしもエッ君たちが喋ることができていたら、彼らもきっと同じくビックリして大きな声を出してしまったことだろう。

 それくらい驚いてしまっていた。


 なぜならケンタウロスちゃんは照り焼きチキンサンドを食べ終えるや否や、がくりとしゃがみ込んで――ええと、下半身の馬の部分を投げ出すというか、そんな感じで座り込んでしまっていた――シクシクと泣き始めてしまったのだ。


 うーん……。この展開は予想していなかったわ。

 思わず仲間たちを振り返ってみたが、この状況を収められるスキルを都合よく持っているはずもなく困惑顔を互いに見合わせるだけとなったのだった。

 友好的になるとか、そこまではいかなくとも敵対心をなくして逃げるという流れは思い浮かんでいたのだけれどね。


 でも、よくよく考えを巡らせてみれば、そうなってしまっても不思議じゃない状況でもある。

 ケンタウロスが活動しているのはドワーフの里どころかその先のサスの街を越えた西にある平原地帯だという。

 つまり彼女はたった一人で見知らぬ土地へと迷い込んでしまった可能性が高いのだ。


 盛大にお腹を鳴らしてしまうほど空腹だったことから、きっと何日も満足に食事が取れていなかったのではないか。

 照り焼きチキンサンドを食べて多少なりとも空腹が満たされたことで、それまで張り詰めていた心の糸が切れてしまったのだとしてもおかしくはない。


「今まで一人でよく頑張ったね。偉いえらい」


 気が付けばちょうどいい高さにきていた彼女の頭を抱え込んで、その頭をゆったりと撫でていたのだった。


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