423 女の子だった!?
できることなら平穏にこの場を収めたい。
そんな気持ちから行商人トリオへ言葉を向ける。
「皆さん、この場はボクに任せてもらってもいいかな?」
「俺たちとしては無事にドワーフの里に着くことができることが一番だ。そうできる自信があるなら、どうしようと構わないさ」
手段と目的を取り違えることだけはするなよ。許可を出してくれたと同時に、暗にそう言われたような気がした。
まだ若いといっても何度も死線を乗り越えて危険な行商を続けてこられただけのことはあるということかしらね。
その信頼をなくしてしまわないように頑張りますか。
「ネイト、もしかしたら怪我もしているかもしれない。状況が安定したら呼ぶからこのまま待機していて。ミルファとリーヴはその場で警戒を続けて。アッシュさんたちの安全を第一に行動すること。エッ君は悪いけどボクに付いて来てね」
みんなに指示を出し、エッ君一人を護衛にケンタウロスへと近付いていく。
「大丈夫。あなたに危害を加えるつもりはないよ」
どこまで信用してもらえるかは未知数だが、攻撃する意思はないことを明確にするため、両手を上げておきます。
ボクの真似のつもりなのか、エッ君も尻尾をピンと立てているのが可愛い。
こんな感想が出てくるあたり、ボクも大概に緊迫感がないものだね。お腹を鳴らしたエッ君のことを強くは言えないかもしれない。
ケンタウロスの顔つきや体格がはっきりと見えるようになって驚いた。
何となんと、女の子ではありませんか!?思わず声に出してしまいそうになるのを抑えるのに必死になってしまいましたよ。
なぜなら、『OAW』でも大抵のものは生物として雌雄の両方が存在しているということになってはいるのだけれど、倒さなくてはいけない魔物として登場する場合は罪悪感の軽減のためとか倫理面等々の都合により、基本的には性別不明もしくは雄寄りの外見をしているためだ。
事実、ケンタウロスも相当数の目撃例や交戦報告がプレイヤーたちから挙げられているのだけれど、どれも男性ばかりで「見た目がマッチョ過ぎてえぐい……」とか「上半身裸で馬に乗るバーバリアン」といった感想ばかりだったりします。
そして戦闘系のイベントでは唯一、魔物の集落を潰すといった特別な場合のみ雌っぽい個体が登場するようになっているのだとか。
ちなみに、こういうイベントが発生しそうな時には、あらかじめ注意喚起が行われてイベント自体を別方向へとプレイヤーの判断で誘導させることもできるようになっているそうだ。
運営としては、あくまでもゲームであり『楽しむ』ことを優先できるようにしているらしい。
ボクなどはその姿勢に共感できるのだけれど、反面リアリティを求めてしまう人には不評であるそうな。
まあ、出会ってしまったのだから仕方がない。
話を彼女のことに戻そう。
女性だと理解して見直してみれば、なるほど、立派に思えた体格もがっしりとした中にしなやかさを感じ取れるような気がする。
顔を見る限りではボクたちと同年代か少し年上というくらいだろうか。琥珀色の瞳が射抜くように鋭くこちらを見据えていた。
もっとも、実際に弓を構えていたから本当に射抜かれてしまう可能性はあるのだけれどね。HAHAHA!
……はい、笑い事じゃないですね。
襟足を超えるくらいまでのショートカットが活発な様子を良く表しているように感じられ、その髪色は下半身のお馬さん部分の体毛よりも少し濃いくらいの栗色だ。
よく手入れをされているのかさらさらと風に揺られていた。
一方、身体の方は報告にあった上半身裸というような事はなく、魔物の毛皮らしきものを巻き付け、さらにはベストのようにして重ね着していた。
どことなく『狩猟民族』という単語が浮かんできそうな姿だ。
ただ一点、異彩を放っている箇所がありまして……。
えー、まあ、言葉を濁していても始まらないのでぶっちゃけてしまいますが、彼女の胸がですね、とっても大っきかったのだ。
ボク自身それなりにあるし、仲間であるミルファとネイトも十分にないすばでーで、衣装によってはお色気抜群な体形をしていた訳なのだけど、それでも即座に「負けた!」と思ってしまうくらいだったよ。
むしろ、胸当てをしないと弓の弦に当たって怪我をしてしまいそうで心配になってしまうほどだ。
その対策なのだろうか、こうして近付いてみると素人のボクから見ても大袈裟に思えるほど腕を広げるようにして弓に矢をつがえていた。
もっとも、そのお陰で遠目だと彼女をより大きく見せる効果があったので、思わぬところで役に立っていたと言えそうだ。
ケンタウロスちゃんの観察を続けている間に、彼女との物理的な距離はすっかり縮まっていた。
この調子で心の距離も縮めることができれば楽なのだけれど、どうなりますやら。
「お腹が空いているんだよね?食べ物を出すから腕を下げるよ」
二メートルを切るくらいまで近付いたところで、一方的にそう告げてアイテムボックスを開く。
特段反応を示さないのは言葉が通じているのか、それともニュアンスだけで敵対心がないと理解しているのか、はたまた絶対に負けないという自信の表れなのか、ボクには判断することができなかった。
だからといってこちらがやることには変わりがある訳でもなく。
アイテムボックスから取り出しまするは、本日のお昼ご飯として用意していた昨日の残り物サンドイッチ、もとい照り焼きチキンサンドだった。
まあ、正確にはファットダック、鴨肉になるのでチキンというのはおかしいのかもしれないけれど、同じ鳥仲間ということで深くは突っ込まずに流してくださいな。
そしてボクの手に集中する視線が二つ。
「……エッ君の分は先に渡してあるでしょ」
そうだった!とワチャワチャと慌てるエッ君です。可愛いのだけれど、まさか早弁したりはしていないよね?
そんな疑惑を脇に置きつつ、ケンタウロスちゃんへと話しかける。
「これはここに置いてボクたちは後ろに下がるから、良かったら食べてみてね」
その宣言通り地面に……、直接置くと汚れてしまうのでキャンプ用品セットとして購入した木皿を取り出してその上に置くことにしたのだった。
視線は彼女に向けたまま、そろりそろりと後退していく。
さすがにこの状況で背中を見せるほどボクも迂闊ではないですから。




