420 尊いやり取り?
袖の下効果もあってのことなのだろうが、元々地下通路はジオグランド南部の観光名所でもあったようだ。
しかもウーの街の独特な形状とも相まって、多い時には一日に数百人もの観光客が訪れていた時期もあったのだとか。
そうした話を実に楽しそうに衛兵たちは語ってくれたのだった。
板の隙間から奥を覗くこともできたのだけれど、こちらは既に魔法の明かりが消されてしまっていて、日の光が届くわずかな場所以外は真っ暗な闇が広がっているばかりだった。
余談だけど、渡したのが鉄貨だったと衛兵たちが気付いたのは、ボクたちがその場から離れてしばらく経ってからのことだった。
背後から「ちくしょう!やられた!」という盛大な恨み節が聞こえて、思わず吹き出してしまいましたよ。まあ、説明してくれたお礼も兼ねて、改めてチップとして銀貨を渡しておいたので、仕返しをされるようなことはないだろう。
「やけに手慣れていたように見えたんだが……」
「あれはちょっとした余興みたいなものですよ」
中学時代に学校全体を巻き込んで手品が流行ったことがありまして。
一時は勉強の合間や生徒会活動の息抜きなど、少しでも時間があれば細やかな手の動かし方を練習していたものだった。
流行したきっかけ?もちろんうちの従姉妹様でございます。
全校集会の際に生徒たちの注目を集めるために披露した小技が余りにも鮮やかだったことから、一気に大流行となってしまったという、里っちゃんがらみの中ではある意味定番の流れだね。
その後、「あの時の技を超えることができれば生徒会長とお付き合いできる!?」などという不埒な噂が広まったこともあって、手品ブームは一層過熱することになったのだけど……。
ボクや雪っちゃんたち生徒会メンバーによる言い出した張本人の粛清と、噂が出鱈目であるという火消し活動によって、一部のハマってしまった人たちを除いて鎮静化となりました。
さらに余談だけど、はまってしまった面々によって学校非公認の奇術同好会が設立されることになったのだが、そちらは文化祭で見事なマジックショーを披露して、無事に学校からの認定を得ることができましたとさ。
今さらながらで恐縮だけれど、こうして思い返してみると結構フリーダムな中学生活だったと改めて痛感するわ。
それもこれも主に従姉妹様のお陰です。
「まあ、胸がすく思いだったし文句はないさ。ここだけに限らない話ではあるんだが、最近は露骨な要求をしてくる衛兵や憲兵も増えていたからなあ……」
治安を守る側の人たちがそういう態度を取るというのはよろしくないね。
そのまま治安の悪化にも繋がりかねないということもあるが、何より住民に不信感を植え付けて人心が荒む要因となってしまう。
街の雰囲気がよろしくない原因の一つに衛兵たちの汚職があるのは間違いなさそうだ。この街もまた、長居をするのは危険かもしれない。
「急いで準備を終わらせた方が賢明みたいね……」
本音を言えば、山道に入る前にしっかりとした休養を取っておきたかったのだけれど。
リアルと行き来できるボクはともかくミルファやネイト、そしてうちの子たちにはそれなりに疲労が溜まってきているはずだ。
例えば、今もボクの前でキョロキョロとあちこちを覗き込むようにして動き回っているエッ君だが、旅というこれまでとは異なる生活環境と、次々に目新しいものが現れるために一種のハイになっているものと思われます。
どこかで一度気持ちを緩める機会を作ってあげないと、本人が知らない間に心が限界まで張り詰めてしまい、最悪の場合は切れてしまうかもしれない。
「リュカリュカ、そんなに心配なさらないで」
「え?」
ミルファの言葉に驚いて顔を上げる。
そしてその時になってようやくボクは自分が俯いて悩み込んでしまっていたことに気が付いたのだった。
「これくらいでへこたれるほどわたくしたちは柔ではありませんわ。それにあの子たちだって」
見るとミルファやネイトだけでなく、エッ君とリーヴも真剣な様子でこちらを見つめていた。
まるで心の内を見透かされたようで気恥ずかしくなってしまう。いや、実際内心を言い当てられてしまっているも同然だったよね。
照れ隠しに指先で頬を掻きながら、小さくため息を吐く。
しかし、だ。ある意味異邦人のプレイヤーであるボクとは異なり、パーティーの面々におじいちゃんたち冒険者仲間や行商人トリオ、そしてうちの子たちに至るまでNPCである彼らはこの『OAW』という世界の住人だ。それは世界の理に縛られている存在だといってもいい。
「ごめん。心配するなっていうのは無理だよ」
だって、もしもの時は死に戻りのできるボクとは異なり、皆は命そのものが亡くなってしまう――テイムモンスターたちは一時的に肉体を失っている的な特殊な扱いとなるけれど――のだから。
「でもね、だからこそ信頼するから。心配する気持ちよりもたくさんたくさん、みんなならきっと大丈夫だって信頼する」
結局はそうするより他はないのだろう。
今さらみんなとの関係をなかったことにする、これまでの冒険をリセットするだなんてことに耐えられるはずがないのだから。
「……仕方ありませんわね。今はそれで勘弁してあげることにしますわ」
「ふう……。なんだかんだ言ってもミルファはリュカリュカに甘いんですから」
「それはネイトだって同じでしょう。あ、もっと甘くても問題なしだから」
軽口をたたき合いながらも自然と笑みがこぼれる。
緊迫した空気が霧散したことで安心したのか、エッ君たちも周囲の散策を再開していた。
「なあ、俺たち随分と場違いなことになっていないか?」
「尊いやり取りを目撃できたんだ。悔いはない!」
「いや、意味分からんから。……とりあえず忘れ去られていないことを祈るか」
そんなボクたちの隣では、アッシュさんたちがぼやいておりました。
大丈夫だよー。三人のことも忘れたりはしていないから。まあ、今それを口に出したところで言い訳にしか聞こえないだろうから、また改めてということで。
追記。
リアルのアウトドアグッズ専門店が協賛していたのかやたらと種類が多く、一通りの登山関連用品を入手できたのはその日の午後、すっかり太陽が西へと傾いた後のことだった。




