419 ウーの街
ジオグランド側の国境の街――ファイという名前だったそうだ――を出発してからゲーム内時間で三日の後、ボクたちは前半戦のゴール地点であるウーの街へと無事に到達していた。
途中で立ち寄ったイトの街は、東部地域の中核都市と言われるだけあって、クンビーラやシャンディラに勝るとも劣らないほどのにぎやかさでした。
下手に長居しておじいちゃんとの関係を嗅ぎつけられても困るのですぐに出発することになったのが残念に思えるくらいだったよ。
状況が落ち着いたら改めて観光して回りたいものだね。
さて、到着したウーの街であるけれど、こちらはこちらで興味深い街だった。
それというのも一見すると、階段状になった山の斜面にいくつもの穴が開いている、といった様相だったからだ。
「ウーの街は元々鉱山だったんだ。とは言っても数百年も昔に掘り尽くされた廃坑なんだけどな」
つまり張り巡らされた坑道の一部を利用して作られた、多層で半地下構造の街であるのだ。
この辺りはジオグランドの中でも辺境中の辺境という扱いで、普通ならそのまま寂れていくことになっていたところだろう。
事実、ふもとにあった元々町として機能していた場所は廃坑となるや否や人が流出していってしまい、あっという間にゴーストタウンとなってしまったらしい。
今では町があった名残さえ見つけることが難しいのだとか。
しかし、当時の社会情勢がウーの街を装いも新たに生き延びさせることへと繋がった。
その頃の『風卿エリア』南部の山岳地帯では、謎の種族が一大勢力を築き上げていたらしい。山間部という動き辛い地形をものともしない高い身体能力を誇っていたのでセリアンスロープの一族ではないかとも考えられているそうなのだけれど、同時に魔法にも長けた種族であったという話もあり、現在でも謎の種族のままとなっている。
幸いにもと言うべきなのか、彼らは土卿王国側にまで進出してくることはなかったようなのだ。が、だからと言ってのんびり静観していられないのが国のような大きな組織の面倒なところ。
もしもの時に備えて国境警備のための拠点を確保しておこうということになる。
そして白羽の矢が立てられたのが廃坑となっていたウーの鉱山跡だったという訳。
その後、謎の種族の衰退など紆余曲折ありまして、現在では東部とドワーフの里やサスの街などの南部を結ぶ重要ポイントとなっているそうだ。
「まあ、その役割にも地下道が封鎖されてしまって以降は、陰りが見えてきてしまっているんだけどな」
言われて改めて眺めてみると、行き交う人たちの表情は固く、街の雰囲気にも暗いものが混じっているように感じられる。
「王を始めジオグランドの上層部は一体何を考えていますことやら。今はまだウーの街だけのことですけれど、このまま放置しておけばいずれは困窮が国全体に波及することだって予想できますのに」
流通を大幅に制限しているのだ、ミルファの言うようにいずれこのよどみが広範囲にまで影響を与えていく可能性は大いにある。
「ドワーフの里は半自治の状態だし、この辺りは直轄地扱いだけどそれは単に領主になろうという貴族がいないだけっていうのが本当のところらしいぜ。だから首都のお偉い方々からすれば、この地が余り栄えて欲しくないのかもしれない」
国境に近い辺境だから、国外の勢力と結びついたり独立されたりするのを恐れているのかもしれない。
加えて半分とはいえ自治権を持つドワーフの里がすぐ近くにある事も、疑心暗鬼を増やす要因になっているような気がする。
何にしてもドワーフの里へと向かいたいボクたちにとっては迷惑な話であります。
「さて、明日からは山道だし、準備をしっかりと整えておかないとな。これまでの様子からすると問題ないとは思うけど、リュカリュカちゃんたちも護衛をよろしく頼むよ」
「了解です。出現する魔物も強くなるようだし、気を引き締めていかせてもらうね」
本格的な山道ということだから、これを機会に一通り登山用品や、ロープなどの持っておいて損はないアイテム類を揃えておくべきかもしれない。
実は技能を強化するために街道沿いに生えていた草類などを片っ端から〔鑑定〕してしては採取し、さらには荷馬車に乗っていられる時間や街で宿に泊まっている間などに〔調薬〕で回復系統の薬を作りまくっていたお陰で、消耗品関係はまだ余裕があったのだ。
「アッシュさんたちは『商業組合』に行く予定なんですよね?」
「ああ。その土地ならではの話が聞けることもあるし、小遣い稼ぎ程度ではあるけど仕事を貰えることもあるからな」
その仕事というのは行く先の町や村にある『商業組合』宛に、手紙やちょっとした小物を届けるといった内容であるらしい。
冒険者協会に依頼を出すほどでもないものは、こうやって身内である商人仲間に頼んで運んでもらうようにしているのだそうだ。
「ふむふむ。それではボクたちも冒険者協会に顔を出して情報収集に励むとしますかね」
「何か変わった情報がありますかしら?」
「特に何もない、ということだって立派な情報ですよ」
ついつい異常なことにばかり目を向けがちになってしまうけれど、ネイトの言う通り常日頃と同じであることも十二分に行動の判断材料となるのだ。
「あ、でもその前に、せっかくだからドワーフの里のすぐ近くにまで続いていたっていう地下通路を見てみたいかも!」
「それならこっちだな。通ることはできなくなっていても、入口から奥を覗くくらいであればさせてもらえるはずだ」
行商人トリオに案内されながら、街の入り口からほど近い場所にあった一際大きな穴へと向かう。
しかしその穴は侵入できないように入り口部分を木の板によって封鎖されてしまっていた。その上監視のための衛兵が二人も配置されているという厳重警戒っぷりです。
「すぐ側にあるあの建物からも数人の気配がします。多分衛兵たちの詰所なのでしょう」
ネイトが小声で教えてくれた直後に、衛兵の一人が「なんだお前たちは」と誰何してくる。
わーお。目付きが完璧に不審人物を相手にしたものになってますよ。まあ、一般の人たちからすれば地元民じゃない冒険者や行商人なんて、よほど顔と名前が知られていなければ不審人物だわね。
「どもども。ボクたちは冒険者であっちこっちを旅をして回っているんですよ。で、噂に名高い地下通路を一目見てみたくて、こうやって案内してもらってきたんです」
「……ほう。それは殊勝な心掛けだな。近頃はそうしたやつも珍しくなってきていたものだ」
ササッと差し出した冒険者カードの下に硬貨を忍ばせて渡すと、それまでとは打って変わって友好的な態度になる衛兵なのでした。
ふっ。ちょろいわ。
あ、ちなみに一番安い鉄貨ね。
飴ちゃんでも買うといいよ。




