418 土卿王国の旅、スタート
そしてさらに翌日のこと。消耗品類を追加で買いこんで、いざドワーフの里へと出発です。
おじいちゃんとは昨日の夜、食事をした後で別れている。ジオグランドの関係者から目を付けられないようにするためだ。
ついでに言うと、こちらの冒険者協会支部もいまいち信用がならないので立ち寄っていない。
が、運よく道具屋の御主人が素材の一部を買い取ってくれたので、ボクたちが金欠という治療の難しい病にかかることはなかったのだった。
「門番の人たちにこっそりと見られていたね」
正確にはこっそりと覗いていたつもり、かな。〔警戒〕技能を使用するまでもなくあちこちから視線が向けられていることが感じ取れていたし、下手な人だと物陰から半分ほど顔が見えていたりもした。
「まあ、同じ街の部隊だし、昨日の入国時の話は伝わっているだろうからディランさんに会えるとでも思っていたんだろうさ」
昨日の時点で別れておいたのは正解だったね。これでボクたちとおじいちゃんは入国のタイミングで偶然鉢合わせただけだと印象付けられたはずだ。
その分おじいちゃんはあちらの関心を一身に受けることになるから多少なりとも心配ではあるのだけれど……。
「大丈夫ですよ。一等級冒険者を害することができる者なんて、そうは居るものではありませんからね」
「ネイトの言う通りでしてよ。あえて挙げるならばクンビーラの守護竜となったブラックドラゴン様であれば、さしものディラン様でも危険ということになりましょう。ですがお二人が戦うような未来はあり得ませんから、想定するだけ無駄というものですわね」
そんなボクの不安を取り払うようにネイトが穏やかに言うと、ミルファが勝ち気な笑みを浮かべながらそう続けたのだった。
やれやれ。二人に慰めの言葉を口にさせてしまうほど落ち込んでしまっていたとはね。
まあ、今回はそれだけボクたちの絆が深まっているのだと考えることにしましょうか。
「うん。殺しても死なないような人だし、心配するだけ損ってものかもね」
同じくボクを慰めるようにすり寄って来ていたエッ君やリーヴを撫でなでしながら、努めて明るく言い切る。
アッシュさんたちもそこまで言わなくとも思いながらも、こちらの心情を慮って苦笑するにとどめてくれたのだった。
さてさて、昨晩もおじいちゃんとの雑談で取り上げられることになったが、ドワーフの里までの道のりは大きく分けて二つに分けることができる。
まず前半だけど、東部の主要都市であるイトを経由して南方にあるウーの街を目指す。
この間は高原や山岳地域が多いジオグランドの国内において珍しい標高の低い平野の区間であり、山歩きに慣れていないボクたちでも問題なく走破できるだろうという話だった。
出現する魔物もこれまでと大きく変わることもないため、そちらの面からも安心できるだろうということだ。
問題はその後だ。ウーの街からドワーフの里までの後半の道のりは、これまでとは打って変わって本格的な山道になる予定であるらしい。
一昔前までは、それこそ昨日の会話で登場していた地下道を通ることができていたので、快適かどうかは別として安心安全な区間だったそうだ。
「お陰でウーの街から先は絶対に護衛が必要になってしまったんだよ」
「多少の金をケチって積み荷どころか命までも台無しにするよりかは遥かにマシなんだろうがなあ……。余分な経費が必要になることに違いはないから最初の頃は苦労したよ」
地下道が使用できなくなってから、なんと三年近くにもなるそうだ。
そして通行禁止になった初期の頃は、行商人トリオとしてもまだ駆け出しに毛が生えた程度でしかなかったために懐具合は今以上に厳しかったようです。
「そんなに長い期間放置しておくなんて……」
「ドワーフの里だと、これも首都のお偉いさん方による嫌がらせの一環だろうって、まことしやかに噂されてるよ」
「まあ、本当に修復する金がないのかもしれないけどな。どちらにしても俺たちからすればいい迷惑だよ」
全くもってその通りだね。
直線距離だけで見ればウーの街からドワーフの里までは、イスからウーまでの距離の三分の一から四分の一くらいでしかない。
にもかかわらず所要時間は、アップダウンの激しい山道であるためか倍以上と見積もられていたのだ。
「山間部に入ると、魔物も一気に強くなるんでしたっけ?」
「ああ。巨体のマーダーグリズリーと岩壁に擬態したロックリザードの二種が特に危険度の高い魔物とされているな」
巨体で怪力に加えて、マーダーグリズリーは二対四本の前足を持っているので余計に強敵であるそうです。
ロックリザードも名前と外見通り堅い岩のような外皮のため、武器での攻撃が効き辛い性質を持っている。
「他にもダイヴイーグルやライトニングバードっていう厄介な連中がいるから、空も要注意なんだよ」
前者ははるか上空からいきなり急降下してきて鋭い嘴で貫いてくるという恐ろしい特技の持ち主だ。
その分、避けることさえできれば地面に突き立つというギャグ漫画のような光景を目にすることができるらしい。
後者は名前の通り雷属性を帯びた鳥で、遠距離からの魔法攻撃を得意としている。足場が悪い上に、身動きのできる範囲の狭い山道では常以上の強敵となり果ててしまうだろうことは予想に難くない。
「それに、勢力を拡大中のケンタウロスにも遭遇するかもしれない」
了解……。ともかく気を引き締めていく事にするよ。
ジオグランドにいる限りは、基本的にそういう立地条件での戦いの繰り返しになるはずだからね。
せっかくなので土卿王国全土についても少し触れておこう。
国土は大まかにいってしまうと三角に近い形の半島のような形状で大半が高原や山脈に覆われている。
陸地続きなのは『風卿エリア』と国境を接する東側のみであり、残りは全て海に面している。しかし、ほとんどが切り立った断崖で、西や北の一部にごく小さな漁港が作られているだけという話だ。
肝心の主要都市だけど、まず首都グランディオは西部にあり、国と中枢であると同時に西部地域の中核都市となっている。
残る地域の中核都市は、グランディオから見て東にイトが、北にノウェが、南東にサスがあるという配置になっている。
国境の街はイトのさらに東で、ドワーフの里に至ってはサスのさらに南東にあり、南の海側の岸壁に近い場所に位置しているそうです。
その話を聞いた瞬間、「海のお魚が食べられるかも?」と考えてしまいましたとさ。




