416 高い?安い?
歴戦の冒険者であるディランが一緒だったこともあって、国境間の短い旅路は平穏無事に終えることができた。
出現する魔物はこれまでに戦ったことのある種類ばかりだったので、彼が戦闘に参加する機会すらないほどでしたよ。
「うーん……。てっきり偽冒険者の連中が腹いせに襲撃してくると思ったんだけど、予想が外れちゃったなあ」
そう、ジオグランド内の主要な街であれば直接移動することができるおじいちゃんにわざわざ同行してもらったのは、この予想が的中してしまった時のためだったのだ。
「いやいや。俺たちの懐にディランさんみたいな大物に護衛を頼めるだけの余裕はないから、出張ってもらわなくちゃいけない事態が起きずにホッとしているよ」
たまたま一緒になっていただけ――まあ、これも建前なんだけど――だとしても、実際に命を救われたり魔物や野盗の襲撃を阻止してくれたりした場合には、正規並みの護衛料を支払うのが通例になっているとのこと。
おじいちゃんは一等級冒険者だから、依頼料の方もとんでもない金額になってしまうのだ。
元々は護衛を雇っている商隊へ半ば無理矢理同行するといった、寄生を防止するためのものであったらしい。
ところが無駄働きにならないので偶然襲われている時にかち合わせた際には助けに入りやすいと、冒険者側にとってもありがたい慣例となっているのだとか。
見捨てられずに済むため、商人たち助けられる側も仕方がないこととして受け入れているようです。
ちなみに、ダークゴブリンの群れの襲撃から救ったということで、アッシュさんたちもこの通例に則って護衛料を支払おうとしていたのだが、ダークゴブリンリーダーが小サイズの魔石をドロップしたため、十分以上の稼ぎになっていたので辞退させてもらっている。
その分『ボーダータウン』で正式に引き受けた護衛依頼に、色を付けてくれることになってしまったけれど。
そして到着したジオグランド側の国境の街。こちらは検問所と兵士たちが詰めているのだろう砦と街が一体化しているそうだ。
アッシュさんたちが護衛役を担う冒険者が減少していることで国境間の往来が減っていると教えてくれた通り、ボクたち以外に検問を受けている人はおらず、すぐに順番が回ってくることになった。
「身分証を見せてもらうぞ」
と、高圧的な態度で告げてくる担当の兵士。
検問官と同時に抑止役、さらには防衛係も兼ねているのだろうね。頑丈そうな金属製の鎧を着こんでいる上に腰には剣を佩いているという分かり易い格好でございます。
「お願いします」
恐らくは商業組合の組合員を示す物なのだろう、カードを差し出すアッシュさんたちにならい、ボクたちも冒険者カードを取り出してみせる。
「……ふむ。行商人とその護衛の冒険者か。そっちの変わったやつらはテイムモンスターか。くれぐれも街の中で問題にならないようしっかりと管理しておくように。何か騒ぎでも起こしてみろ、容赦なくひっ捕らえてやるからな」
微妙に脅しじみた台詞を吐く検問官に短く「はい」とだけ返事をする。
イラッときて余計なことを口走ってはいけないので、必要分以外はお口チャックなリュカリュカちゃんです。
「入国料並びに街の通行料を合わせて、一人頭大銀貨二枚と銀貨五枚だ」
リアル換算でおよそ二万五千円だね。徒歩ということで移動に賃金がかかっていないとしても、パスポートや滞在ビザの申請の手間暇などを考えれば破格なお値段のような気がする。
が、そうは思っていない人もいるようで。
「しばらく足を延ばしていなかったが、随分値段が上がったものだな」
おじいちゃんだ。その言葉通り彼がこの辺りで活動していた頃と比べると、入国料か通行料、もしくはその両方が値上がりしているらしい。
しかもその不機嫌な表情から察するに、多少程度ではすまないくらいの値上がりであるようだ。
「最後に通ったのは二十年ほど前のことだったか。あの時は確か両方合わせても一人大銀貨一枚だったはずだ」
おおう!二十年で二・五倍ですか!?
物価全てが値上がりしているのであればあり得なくはないけれど、これだけが値上がりしているとなると、何かしら裏があるのではないかと勘ぐってしまいたくなるかな。
アッシュさんたちは気にせず当然のように支払おうとしていたところを見ると、値上げは彼らがここを行き来するようになる以前の話、それも結構前に行われた事であると予測できる。
「なんだ貴様は?支払うのが嫌なら『風卿』側へと帰るがいい」
「別に文句がある訳じゃねえよ。ただ、何か理由があるのか知りたかっただけだ」
そう言いながら、おじいちゃんは自分の冒険者カードを差し出した。
そしてそれを見た瞬間、ギョッとした顔となる検問官。預かったカードとおじいちゃんの顔の間で、視線を高速で往復させておりますですよ。
どうやらあちらの反応を見るために、おじいちゃんはあえて今まで自分の存在を隠していたようだ。
慎重だと思うか、それとも人が悪いと思うかは、捉える側によってまちまちだろう。ミルファにネイト、そしてアッシュさんたち三人も前者だと捉えたようでひどく感心した面持ちとなっていた。
え?ボク?ボクは断然後者だと思いましたけどね!
だって、当のおじいちゃんがどことなく「してやったり!」という雰囲気を醸し出していたもの。
「ほ、本物……?たった十数人で千を超えるオーガの軍勢をなぎ倒し、二人だけでオーガキングを討伐してみせたという、あの伝説の冒険者……?」
冗談のような話だけれど、三十年ほど前におじいちゃんとデュランさん、そしてその仲間たちとでうち立てた偉業だったりするらしい。
しかもその舞台となったのは、ここ『土卿王国ジオグランド』だ。
これまでボクたちがいた『風卿エリア』以上に大袈裟で豪快な脚色が加えられていたとしても不思議ではない。
検問官の年齢は不明だけど、声の感じからそこまでの高齢であるとは思えなかった。それこそ幼い頃から英雄譚として繰り返し聞かされていたのかもしれないね。
「し、失礼しました!これまでの非礼な言葉の数々、心よりお詫び申し上げます!」
凄いね!?
金属の重鎧を着こんでいるというのに、謝罪のためにほぼほぼ九十度の直角にまで腰を曲げているよ!?




