411 駄目よー、ダメダメ
アッシュさんたちと国境間の護衛を専門にしている男たちとの話し合いは平行線をたどっている。片方がまったく話を聞こうともしていないのだから、そうなるのも当たり前だわね。
さて、どうやって話に割って入るかだけど……。
ここはやっぱり空気を一切読まない感じで、いきなり突撃していくに限るかな。
「アッシュさん、こっちの用事は終わりましたよ」
「え?ああ、そうなのか」
明らかに口論の最中だったにもかかわらず、いきなり背後から声を掛けられたためにアッシュさんたち三人は呆気にとられた様子だった。
「なんだお前は?勝手に割り込んでくるんじゃねえよ」
一方の男たちはいきり立って文句を言ってくるが、当然のように無視です。
「ダメですよ。もっと周囲に気を配るようにしないと、魔物の奇襲を受けちゃいますから」
「あ、すまない。……って、いやいや!ここは街の中だからな!?」
「ノンノン。常日頃の心の持ちようや訓練が、いざという時に効果を発揮するのです」
というような事を、部活少女である雪っちゃんが言ってました。
ちなみに最上級生が抜けた後のチームでは、スタメンにこそ選ばれなかったもののレギュラー入りは確定しているそうだ。
怪我にだけは気を付けながら、これからも頑張ってもらいたいものだね。
「ということで、油断大敵なのです。……まあ、それはともかくとして。今日中に国境を越えてジオグランド側の街まで行くんでしょう?早くしないと日が暮れちゃいますよ。さっさと依頼の発注と受注を済ませちゃいましょうよ」
「あ、ああ。そう――」
「待てや、こら!」
「後からしゃしゃり出てきてくせに勝手に話を進めんな!」
アッシュさんが頷きそうになったところで、ブチ切れたように叫び出す男たち。目だけで確認してみたところ、怒り心頭なのか真っ赤な顔になっていた。
あらあら。この程度で怒るだなんて、沸点が低過ぎなのではないだろうか。カルシウムが足りていないのかな?
小魚食べなさい。
「ん?何ですか、おじさんたちは。ボクたちは急いでいるので邪魔しないでもらえます」
突然の大声に周囲の目がこぞって注目するも、彼らの存在自体に今初めて気が付いたような体で言ってやる。
すると効果はてきめんで、真っ赤だと思っていた連中の顔色がさらに濃い色合いへと変化していったのだった。
凄いね。リアルでならこの顔芸だけでも有名になれるんじゃないかしらん。
一発屋で終わる可能性も大だけど。
「……ガキが随分と生意気な口を叩くじゃねえか」
戦闘の男が怒りを堪えようとしているのか、地を這うような声音でそんなことを言ってくる。
どす黒く変色した顔色だけでも不気味なのに、なかなかに迫力のある口調と台詞だったことで「ひっ!?」という小さな悲鳴が所々から聞こえてきた。
どうやら男女問わずに職員の中に気の弱い者が何人も混じっていたようだ。
とはいえ、あくまで一般的には怖い、という程度しかなかったのだけれどね。
酔っ払い同士の喧嘩ですら新聞やニュースに取り上げられるリアルニポンで暮らしているならともかく、『OAW』の世界では魔物という分かりやすい脅威が存在していて自衛のための武力が求められる。
なおかつ荒事専門とすら言ってもいい冒険者を相手にしているはずの協会職員が怯えるというのは、情けないことだし、本来はあってはいけないことだと思う。
余談だけど、さすがに冒険者連中は怖がってはいなかったが、面倒事に巻き込まれるのを嫌ったのか、そそくさと距離を取るように動いていた。
「はああああああ……」
諸々の状況に思わずため息を吐いてしまう。
男たちを挑発する意味合いもあったから多少は大袈裟にしているけれど、気持ち的には紛れもなく本心だったりします。
いくら隣の大国によって無力化工作が進められている、かもしれないにしても、これはさすがにあっちもこっちもダメダメ過ぎでしょう。
このままジオグランドに攻め込まれでもしたら、本当に『三国戦争』の時の二の舞になってしまうのではないだろうか。
「崩壊に繋がるほころびが見えているのに放置して行くのは、やっぱり無責任てことになるのかなあ……」
本当のところ、この崩壊が『ボーダータウン』だけのことなら自業自得と言いうことで無視してさっさと先に進むことを選択しただろう。
だが、土卿王国からの侵攻が本当に発生してしまえば、それだけで騒ぎが治まるなんてことは絶対にない。
歴史を紐解くまでもなく、国境の街を落とした勢いに乗ってシャンディラまで攻め上がっていくはずだ。
そうなれば貴重な迷宮産の素材やアイテム等の加工品の流通が止まることとなり、遠く離れたクンビーラなどでも様々な影響が出てしまうと思う。
それどころか、ジオグランドに遅れまいと、必ず残る二つの大国も再び『風卿エリア』へと攻め込んでくることになるのではないか。
つまり、第二次三国戦争待ったなしですよ!?
せっかくボクたちが人知れずに大空に潜む脅威を取り除いたとしても、今を生きる人たちに大戦争を引き起こされてしまっては何の意味もなくなってしまう。
「あうう……。諦めて腹を括るしかないかあ……」
できることならあの手だけは使いたくはなかったのだけれど。
まあ、それをする前に挑発のため息に乗りまくってくれている目の前の連中だけでも排除しておきますか。さすがにもう顔色に変化はなかったが、その代わりに小刻みに体が震えております。
「おじさんたち、トイレならあっち。小さな子どもじゃないんだから我慢していないで早く行って来たらどう?」
「ふざけんな!小便を漏らしそうになってるガキと一緒にするんじゃねえ!」
「あ、そうだったの?冒険者じゃないから、てっきり建物内のことはよく分かっていないのかと思ったよ」
そう言い返してやった瞬間、男たちの顔から一切の血の気が失せてしまっていた。
やっぱり顔芸でお笑いの道を目指すべきだと思うの。そう感心してしまいそうになるくらい、鮮やかであっという間の変化だった。
「な、なな、な、何を言ってやがる。俺たちはれっきとした冒険者だぜ?」
なぜに疑問形か。
これはもう動揺し過ぎて自分が何を口走っているのか良く分からない状態になっているようだ。
それにしても、もう少しは反抗したり誤魔化したりすると思っていたのだけれど、あっさりと馬脚を露わしちゃったね。




