410 お話にならない
さて、片方は適当に切り上げることができたが、もう一つの方はそうもいかないだろう。
アッシュさんたちに近付いていきながら、彼らと相手の男たちの会話に耳を傾けてみる。
「別にあんたたちを蔑ろにしているつもりはないんだぜ。ただ、今回は彼女たちもドワーフの里まで行くっていうことだったから、どうせ行く先は同じなんだし、護衛を頼もうということになっただけなんだ」
「だったら、ジオグランドに入ってから契約をすればいいだろうが」
「そこはさっきも説明しただろう。彼女たちにはダークゴブリンの群れに襲われているところを助けてもらった恩義があるんだよ。だからできるだけ長期間の依頼にしたいんだ」
「それに冒険者がグランディオに集められているって話はあんたらだって知っているだろ。護衛の依頼を受けていない状態だと、そっちに引っ張っていかれちまうかもしれないんだよ」
「だからどうした。そんなことは俺たちには関係ないんだよ」
おーう……。さっきの職員に勝るとも劣らないくらい人の話を聞かないお人だこと。
だけど、そんな自分たちさえ良ければいいというやり方や考え方だと、依頼主である行商人たちだけでなく、同業の冒険者たちにも煙たがられてしまうように思えるのだけれど。
お陰で、通常ならば安心できる要素である筋骨隆々で大柄という体格も、脳筋で粗野といった悪い方にしか作用しなくなっていた。
嫌われても構わないという心積もりであるのか、それとも、そうなったところで自分たちには逆らうことができないと確信できるだけの理由が存在するのか。
恐らくは後者なのだろう。その証拠に、この場にいる職員や冒険者たちの誰一人として彼らをいさめようとする者はいなかったのだった。
「問題はあの連中の後ろ盾がどの程度のものなのかってことだよね」
「この冒険者協会の支部がついているのは間違いありませんけれど、単独なのか、それとももっと上までが関与しているのか、ということですわね?」
ミルファの言葉に頷くことで答える。
ここから見える範囲ではすべての職員が状況を理解している――その上で無視を決め込んでいる――みたいだから、人事権に口出しができるような上位者――例えば小町の領主のような――の関与も大いにあり得るだろうね。
「まさか、本気でシャンディラに反旗を翻すつもりですの?」
「どうだろうね?この前のネイトの説明によれば、お互い友好的で協力的な関係だったという話だったけど。でも、ずっと属国扱いが続いてきたことで、不満とか不安が溜め込まれてきたのかもしれない」
まあ、これもあくまでボクたちの勝手な推測でしかない。
詳しくは本人たちに聞いてみるしかないが、そんなつもりもなければそんな暇もないので、当面の間真相は不明ということになるだろう。
と、こんな町全体に関わるような大きな問題について考えるより先に、ボクたちは目の前のトラブルを解決しなくてはいけない。
「やっほ、ネイト。また変な人たちが湧いてきたもんだね」
「あら、リュカリュカ。そちらの方が先に終わったようですね」
背後から首根っこに抱き着くようにしたというのに、ネイトさんってば平常通りの調子でございます。
「終わったというよりは、切り上げてきたという方が適当ですわね」
そんなボクに代わって、さらに後ろからミルファが肩をすくめながら答えてくれる。
うん、全くその通りだね。強いて付け加えるなら、相手にするのが馬鹿バカしくなって切り上げた、というところか。
「詳しくはまた後で、街を出てからにでも説明するつもりだけど……、こっちはこっちで面倒なことになっているね」
「ええ。アッシュさんたちの言葉など聞こうともせずに、ひたすら自分たちの言い分を主張してくるばかりですから。これでは交渉にもなりはしませんよ」
ボクたちが一番必要としているのは、ジオグランドに入った時点でアッシュさんたちの護衛依頼を受けているという証明だ。
よって最悪、国境間の護衛料はなくても構わなかった。
そのため競合する冒険者が少なくなり値が上がる前の正規の料金であれば、代わりに彼らに支払うのもやぶさかではなかったのだが……。
「こいつは俺たち国境間の護衛を生業にしている者への侮辱だな。お前たちがそういうつもりなら今後二度とここで護衛は雇えないと思え」
「そ、それは横暴ってもんだろう!?」
「ふん!知ったことか。……と言いたいところだが、俺たちだって鬼じゃない。反省して前回の二倍の料金を払うっていることなら、今回のことはなかったことにしてやってもいいぜ」
「!?!?」
このように、完全にぼったくる気満々でいらっしゃいます。
ちなみに、アッシュさんたちが前回支払ったのは当初の五割増しだったということなので、相場の三倍の依頼料を要求しているということになりますです。
いくら当事者間の話し合いによって、料金の多少の割引や割り増しが認められているとはいっても、これは限度を大きく超えてしまっている。
しかも直前には、今後は依頼に応じないという脅迫じみた台詞まで口にしており、完全に交渉や話し合いといった枠をぶち壊しているといえるだろう。
「ボクは今、本物のおバカちゃんを見ているのかもしれない……」
しかしそれよりも何よりも、そんな悪どいことを何一つ悪びれずもせずに平然と行っていることが驚きだった。
いくらこの支部が後ろ盾になっているとしても、外部の人間だって少なからずいるのだ。
そんな人たちが他所の街の冒険者協会で今の出来事を話してしまえば、調査の対象にすらなってしまうかもしれないというのに。
「もしかして、そんな展開すら思い浮かべることができない、とか……?」
そうだとすれば相当の末期だ。
これは別に社会的にというだけでない。戦いには敵の動きの先を読むことが必須になってくる。VRゲームではそうしたアルゴリズムも発達しており、実に様々な動きをしてくるためだ。
つまり、生命の危機という点でも彼らは末期であるかもしれないのだ。
むしろ冒険者という身分に未練がないと言う方が、現実味がありそうな気すらしてしまう。
うん……?
冒険者じゃない?
いやいや、そんなまさか。……とは思うけれど、仮に国境を挟んだ二つの街を行き来するだけであれば不可能ではないかも。
上手くすれば引き下がらざるを得なくなるだろうし、ちょっとばかり突いてみるとしましょうか。




