399 到着間際で
その翌日、騒ぎが大きくならない内にさっさとシャンディラから逃走を図ったボクたちは、とっとこジオグランドとの国境を接する街へと向かっていた。
「便宜上街と呼ばれてはいますが、実際の規模としては町くらいのものでしかありません」
ネイト先生の地理・歴史講座によると、この国境の街は現在シャンディラの属国のような扱いとなっているらしいです。
その原因となったのは百年ほど前のこと。ここまでいえばもうお分かりですね?
そう、毎度おなじみ『三国戦争』にあった。
と、仰々しく前振りしておいてなんですが、実は別に難しい問題ではなかったりします。
時は『三国戦争』が本格的に激しさを増す前のこと。
アキューエリオスやフレイムタンに遅れてなるものかと『風卿エリア』へと侵出してきたジオグランドの軍勢に対して、当時この国境の街を支配していた領主を始めとする貴族たちは、自分たちの身の安全を条件に素通りさせたのだった。
まあ、圧倒的な戦力差があったから、戦いを放棄するという判断そのものはそれほど失策という訳ではなかった。
が、この条件がいけなかった。
約束通り貴族たちには一切手を出さなかったジオグランドの軍だったが、それ以外は全て奪い尽くすかのように持ち去っていってしまったのだ。
これには食料や武具に補給物資などの物だけではなく、住人までもが含まれていた。
こうして国境の街は貴族たちを残して、守るべき民を、支配して従わせる民を失うことになるのだった。
一方、ジオグランドの軍勢は勢いに乗ったまま次の目的地であるシャンディラへと辿り着くことになった。
今でも迷宮都市として在り続けていることからも分かる通り、結局この戦いはシャンディラ側の守り勝ちに終わることになる。
が、国境の街がほぼ素通りとなったせいで開戦の準備が間に合わず、堅牢な城塞都市といえども少なくない犠牲を払うことになってしまったのだった。
そのような経緯があったために、『三国戦争』の終了後、シャンディラはすぐに国境の街に残っていた貴族たちを攻め滅ぼし、公主の縁者を領主に据えて支配下に置くことにしたのだ。
それから約百年が経ち、ようやく現在では半ば独立が認められた半自治半独立の属国となっているという訳です。
余談だけれど、ジオグランド軍に連行された街の住人たちは、軍属として煮炊きや雑用係として働かされることになったらしい。
その扱いは本国の軍属に準じていて、しっかりと給金も支払われていたのだとか。
戦闘に巻き込まれてなくなってしまった人は皆無ではなかったが、大半は戦後無事に故郷である国境の街へと帰り着くことができ、シャンディラと協力してその新生に力を尽くすことになったそうだ。
未だに不明な部分もたくさん残っている『三国戦争』において、細かなところまで設定が作られているという珍しい部類だったりします。
まあ、設定があやふやなのは『三国戦争』だけに限ったことだけではないようだけれどね。
後々様々な場所で冒険をしていく事で明らかになっていくだとか、プレイヤーに空想の余地を残すためだとか、あえて運営がそうしている部分も多いように思われます。
まあ、確かに「謎は全て解けている!?」では、冒険する面白みも何もあったものではないだろうからねえ……。
このような来歴があるためか、ジオグランドとの国境の街には正式な名前がなく、地元や周辺の人々からは『ボーダータウン』と呼ばれているそうだ。
「シャンディラとは比べ物になりませんが、高くて頑丈な外壁が町のシンボルとなっています」
へー、かっこいー。
なんてことは言わないのであしからず。
「ほうほう。それならそろそろ見えてくるかもしれないね」
言葉通りに目印となりそうなものが登場してくるのを期待して、徐々に重くなってきた脚を動かす。
シャンディラを出発してから二日、日中はほぼ歩き詰めとなっていた。その上珍しく宿場町がなく代わりの掘立小屋のような休息場所で寝ることになったために疲れが取りきれていない状態だ。
できることなら早めに到着して、しっかりと休んでおきたいところだね。
しかしながら、そういう時に限ってトラブルに見舞われてしまうものでして。
見えてきたのは高い壁ではなく、一台の荷馬車と二、三人の人影、さらにはその周りを取り囲む魔物の姿だった。
魔物の数は十を軽く超えているように見える。
「もしかして、襲われてる?」
「もしかしなくても襲われていますわよ!」
そう言って勢いよく飛び出して行ったのはミルファだ。
やれやれ。正義感が強いのはいいことだと思うけれど、せめてボクたちの準備が整ってから出撃して欲しかったかな。
「リーヴ、エッ君。ミルファが孤立しないようにフォローをお願い。ネイトはボクと一緒に魔物の不意を突くために魔法攻撃で」
「分かりました」
ネイトの返事が聞こえると同時に走り出していくうちの子たち。
これで分断された上に集中して狙われない限りは、そうそう大怪我をすることもないだろう。
とはいえ油断は禁物、魔法攻撃が終わり次第ネイトには回復魔法の準備に取り掛かってもらうべきかな。襲われている人たちが既に怪我をしているかもしれないから、どちらにしても無駄にはならないだろう。
「そこの魔物たち!わたくしが相手ですわ!」
荷馬車への圧力を減らすため、ミルファがわざと大声を上げながら接近していく。
そしてボクたちが魔法で狙うのはそれに気が付いて近付いてくる魔物たち、ではなく馬車を取り囲む魔物のうち比較的後方にいるやつらだ。
二本のハルバードを両手に持って準備完了。
「ネイトは右、ボクは左ね!いっけえ!【アクアボール】!!」
「了解です!【アースボール!!】」
熟練度による補正もあって、数十メートルの距離があっても難なく命中!直撃した魔物及び、炸裂の範囲に居た魔物たちがダメージを受けてよろけている。
それでもさすがに一撃で倒せるほど甘くはないようだ。
一方、ミルファたちも近付いて来ていた魔物たちと接触、接近戦が始まっていた。
「ネイトはこのまま回復魔法の準備を。それと悪いけれど周囲の様子も探っておいて」
「分かりました。リュカリュカも気を付けて」
もちろんでございます。
さあ、魔物の群れの退治といきましょうか。多数同士で乱戦の様相を呈してきている戦場に向かって走り始めたのだった。




